ギャラリー覚現代美術なんていう小さな枠組みに何の意味があるのだろう。自分がこねくり回した尤もらしいコンセプトなどどうでもよいと思ってしまう。浮き世とはよく言ったもので、社会は雰囲気で出来ているのだから真実とか正義とかもふわふわとしたもので、まさに無常である。そんな社会のアートマーケットのなかで上手に踊ることを目指して、グローバルらしき断片をつかむことなど、作家というより人間にとって何の価値があるのだろうか。
それがアートだなんて、、、
太陽や大地が神とされ、人間も自然の一部であり、生物は生きて死ぬ。事実として信じられるのは結局そのことだけであり、もっと敬意を示すべきである。アーティストとしてたまたま花や植物に関わることが多くなったことで、そんなシンプルなことの大切さが身にしみている。北斎や若冲をよく観て欲しい。彼らは自然に対して恐ろしく誠実なのだ。現代が自然や人間に目を向けない世の中ならば、いったい何をしようとしているのか?(坂田峰夫)
【画像:「宿根スイートピー」2006年 写真 オリジナルフォトグラム】
まだコメントはありません