シナリオ作家 新藤兼人

東京国立近代美術館フィルムセンター

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フィルムセンターの新年度を飾る上映企画は、日本の映画シナリオ界を長きにわたって導き、93歳となった今も現役の映画監督・脚本家として活躍する巨人・新藤兼人監督の特集です。
1912(明治45)年、広島県に生まれた新藤監督は1934年に新興キネマに入社、映画美術の経験を積みながら独学で脚本術を研鑽、1940年の『南進女性』で脚本家としてデビューします。やがて松竹大船撮影所に移籍、吉村公三郎監督と組んだ『安城家の舞踏会』 (1947年)の決定的な評価によってシナリオライターとしての地歩を築くと、1950年には盟友・吉村監督とともに独立を決意、作家としての主体性を貫くべく自らのプロダクション“近代映画協会”を旗揚げしました。
自身のシナリオ修業時代を題材にした『愛妻物語』(1951年)で演出家デビューも果たした新藤監督は、近代映画協会において、大手会社では実現困難な社会的テーマを掲げた企画に次々と取り組み、『原爆の子』(1952年)や『第五福竜丸』(1959年)といった作品を発表して独立プロ運動の一翼を担いました。そして、離島の農民一家が地にへばりつくように生きる様を淡々と描き出した『裸の島』(1960年)は、代表作となったのみならず、モスクワ国際映画祭などを通じて国際的な知名度も獲得しています。シナリオ界の発展や後進の育成にも力を費やしながら、最新作の『ふくろう』(2004年)に至るまで、40本以上の監督作そして200本以上のシナリオを世に送り出しました。また、それらの作品を語る際には、監督の生涯のパートナーだった女優・乙羽信子や、名脇役・殿山泰司といった“同志”たちの存在も忘れることはできません。
この特集では、シナリオ芸術を極め、演出家としてヒューマニズムを追い求めたこの稀有な映画人の、70年以上にわたる映画人生を67本の作品でたどります。フィルムセンターでは、1980年8月に「監督研究吉村公三郎と新藤兼人」を開催して以来26年ぶりの同監督特集となります。皆さまのご来場を衷心よりお待ちいたしております。

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スケジュール

2006年04月04日 ~ 2006年05月28日

アーティスト

新藤兼人

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