nca | nichido contemporary artキャサリン・サリヴァンの映像から直ちに見て取れるあのエキセントリックさは、どこから来るのだろうか? マルチスクリーンで匿名の人々が演じる死者のダンスとも亡霊のドラマとも見える、不可測に移り変わるアナクロニックなシークエンスは? 日常の振舞いから、表現主義的演劇の大げさな表情やコンテンポラリー・ダンスの奇妙な仕草までをも取り入れたそのパフォーマンスは、現代美術において稀有なだけでなく、アメリカのみならず世界において比類なくユニークなスタイルで、われわれに迫ってくる。
しかし、その表層のエキセントリックさの底から透けて見えるのは、人間存在の不条理、とはいっても実存主義の「存在は本質に先立つ」といった素朴な不条理ではなく、意識と存在が解きほぐしがたく絡まった理不尽な生の状況であり、そこから帰結する人間の痙攣的な苛立ちや、彼らに付き纏う狂気の沈黙した影である。現在に生きるわれわれの条件とは、まさにそのようなものだ。しかし、サリヴァンが希望を失うことはない。その檻から逃れられない人間の悲惨を、彼女がユーモラスに描き出しているからである。
サリヴァンは極限的な表現を通して、不条理ゆえに決定不能な存在の条件を客観的に見つめ返すようわれわれに促す。そして、その把握が未来の変革につながると示唆するのである。
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