photographers’ gallery講師:古屋誠一 (写真家)・小原真史 (映像作家・写真批評家)・北島敬三 (写真家)
司会:斎数賢一郎
定員:25名
昨年10月に、古屋誠一写真集「Memoires1983 Christine Furuya - Gossler 1983 / Seiichi Furuya 2006」が出版されました。タイトルが示すとおり、この写真集におさめられた写真はすべて1983年に撮影されたものです。ある写真が、しばらく時間を置いた後で再編集される。そこには、記憶と記録、記憶と時間、記憶とアーカイブなど、さまざまな問題が含まれています。この講座では、写真集「Memoires1983」の全ページをプロジェクションした後、古屋誠一氏にその制作過程を具体的にお聞きしながら、小原真史氏と北島敬三氏をまじえて「写真を編むこと」の時間的、空間的な意味について考えていきます。
「写真を編むこと」小原真史
写真家が自分の撮った写真を自分のものにする時とは一体いつなのであろうか?撮影した時か、それを現像し、引き伸ばした時か、あるいは撮りためたものをまとまった形で発表した時なのか?
カメラという外部の機械が捉えた映像を自分の「作品」であると言うには、ある種の困難さが伴われるのかもしれない。写真は「人為によるものではない」(ロラン・バルト)がゆえに、所有しようと願っても、絶えず指の先からこぼれ落ちてしまうような不可解な物質なのだ。古屋誠一はそのような困難を引き受けてきた写真家であり、「写真を撮る者」であるよりも、自分の撮ってしまったものを「再び見る者」であることによって、「手におえない」ような写真群をかろうじて自分のものとしてきたのではないだろうか。写真を編む際にはその取り扱いに注意しなければならない。
お申し込みフーム
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