特集陳列 「安土桃山時代の能装束」

東京国立博物館

このイベントは終了しました。

現代の能装束の様式は、江戸時代中期に確立しました。金糸をふんだんに織り込み、色とりどりの縫(ぬ)い取り糸で模様を織り出した唐織(からおり)は、主として女性の表着(うわぎ)に用いられま す。また、金糸で重厚な模様を織り出した金襴(きんらん)の狩衣(かりぎぬ)や法被(はっぴ)は、鬼神や天皇など位の高い役柄を演じるのにふさわしいデザインとなっています。これらは江戸時代以降 、急速に発達した日本の織物技術と、能楽に資金を惜しみなくつぎ込んだ諸大名家の庇護(ひご)があってこそ、実現した新しい様式と言えましょう。

 そもそも能楽は室町時代より武家や寺社で盛んになり、応仁の乱後に一時衰微したものの、安土桃山時代になって再び武家を中心にもてはやされるようになりました。特に豊臣秀吉(1537~1598)が能を愛好したことをきっかけに、能装束のデザインには、軽快な華やかさが見られるようになります。当時、日本の織物技術は中国よりはるかに劣っていたため、唐織を織ることは大変な作業でし た。そのため唐織の表着は大変貴重とされ、なかなか手に入らなかったようです。その替わり、刺繍(ししゅう)と摺箔(すりはく)で着物全体に模様を表した縫箔(ぬいはく)が、表着として使用されました。摺箔と呼ばれる、型の細やかな金箔の摺り模様が女役の着付に施されました。また、貴人を演じるための狩衣や法被には、中国から舶載された黄緞(おうどん)や金襴・銀襴が用いられました 。直垂(ひたたれ)や素襖(すおう)など麻製の衣装には、様式にとらわれない自由で平明な模様が型染されています。これらは現代の能衣装にみられる舞台衣装ならではの華麗な意匠とは異なり、能本来の幽玄性を感じさせます。今回は、能楽の発祥の地を拠点としてきた奈良・金春座(こんぱるざ)の能装束、当主自らが秀吉の前で演じた記録もある毛利家伝来の能装束、岐阜県・関市、春日神社(か すがじんじゃ)に伝来した安土桃山時代の能装束を中心に展覧いたします。現代の能舞台では見ることのできない、古式ゆかしい能装束の数々をご覧ください。

メディア

スケジュール

2008年09月23日 ~ 2008年11月09日

Facebook

Reviews

All content on this site is © their respective owner(s).
Tokyo Art Beat (2004 - 2017) - About - Contact - Privacy - Terms of Use