art space kimura ASK?バイオ・メディア・アーティスト(BIO-MEDIA ARTIST)の銅金裕司氏の展覧会を開催いたします。一昨年の展覧会では、人の頬から発する微弱な生体電位を採取し、個々の生体電位の変化の波形、スペクトル、さらに、音に変換し音楽として体感するインタラクティブな作品を展示いたしました。会場では十人十色の生成された音楽が流れ、 たくさんの来場者に感動を与えました。氏は現在までランの花をはじめ、多種にわたる植物などの生物の生体電位を研究しておりますが、今回はミクロの世界の粘菌を使い、展示いたします。
今回の展示では、粘菌の生きた様子を生体電位で示して、それを音に変換した空間を作ります。そこでは、とても危うい生と死のバランスを構成することになります。このように、みたこともない自然に関与すること。そこで創発しうる人の潜在能力をサイレント・ダイアローグ展(ICC、07 11-08 02)で「manuality(マニュアリティ)」という造語で 提案しました。「manuality」とは生と死を予見するごく普通に人がもつ潜在的な感性です。そして、ここでは粘菌。Physarum polycephalum、モジホコリ属モジホコリ。よく観察してみてください。粘菌の尾の部分はもうすでに死んでいます。死にながら生き続けています。
とはいえ、人の手を入れて(manualityの発動)、圧倒的に殺しながらも、最適な工夫(manualityの定着)を見つけないと、 あっという間に粘菌は全部死んでしまいます。でも、その危機的状況でも私たちの手の感性(manual)は思いもかけない創発をするのです。
このような繊細なレベルで私たちが自然に関与すること。生と死が交差する人の行為の現場。いま見た粘菌を想起するとき、その粘菌は、もう死んでいます。
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