ニコンプラザ東京作者は、写真家大島洋氏の70年代前半の仕事に関わる機会があり、吐噶喇(トカラ)列島平島に興味を持つようになっていた。ストリートスナップをこのままズルズルと撮り続けることに疑問を感じていた作者にとって、これはそんな状態から離れるための、絶好のチャンスだった。いままで街を撮るために使ってきた80mmレンズ一本だけで平島を撮ると決め、ストリートとは正反対の絶海の孤島と呼ばれるその島へ行くことにした。
島へ行くにあたり、作者は失敗するかもしれないという覚悟もあったが、ストリートスナップと同じ撮影スタイルで島を撮ってみたいという気持ちもあった。初めて訪れた島は、作者の目にはあまりに何も無い場所に映った。島へ来て失敗したと思ったが、まず撮るものを見つけることが日課になった。途方に暮れながら作者は島中を撮り歩いた。とにかく何か撮れればと、神社の工事や廃屋解体の手伝いもした。「兄さん、七夕飾り撮らんか」と言われれば、老人会のようなものにも参加した。撮れるものは何でも撮った。何が写っているのか分からない不安と苛立ちが続いたまま、持って行った230本のフィルム全てを使い切っていた。
何が写っているか不安なまま、現像したベタ焼きを見ると、人間や、牛や笹や蘇鉄や工事現場、あるいは岩や漁船や七夕祭りが片端から写っていた。画角が狭く、不自由な80mmレンズで撮った島の断片のような写真は、作者がいままでに見たことのある、どの先輩写真家たちが撮った島の写真とも違っていた。また、作者が撮ってきた街の、どの写真とも違うものだった。それは、作者自身も撮影しているときには想像もしなかった島の写真だった。モノクロ約60点。
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