「project N41 喜多順子」展

東京オペラシティ アートギャラリー

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京都を拠点に制作をつづける喜多順子の作品を初めて目にしたのは、1999年のことでした。比較的早い時期に彼女の作品を見ることができたのは、横浜市民ギャラリーの「第34回今日の作家展」と多摩美術大学の「TAMA VIVANT ‘99」、この2つのグループ展のおかげでした。もっとも、当時の喜多の作品は、今の作品とはずいぶん異なるものでした。水彩絵具ではなく油絵具をもちいて、支持体も布ではなくキャンバスに描いていました。しかしながら、そうした技法や材質の相違以上に、作品全体から受ける印象が大きく違っていました。

1995年の初個展から長いあいだ、喜多順子は、彼女自身や友人が撮影したスナップ写真をもとに制作を行ってきました。膨大な数のなかから選んだスナップ写真にトリミングを施し、構図を決定するところからその制作ははじまります。大胆にトリミングされた構図の斬新さ、控えめで抑制のきいた筆遣いによる単純明快な画面は、当時きわめて新鮮で、強烈なインパクトを見る者に与えました。その画風に変化の兆しがあらわれたのは2005年頃からだったように思います。人物が描かれることは稀になり、花、植物、野鳥、山などの自然が作品の主題になります。筆触がより繊細で複雑なものになるとともに、色彩は明快さを残しつつも、深みや渋みを加えていったのです。

一見すると平明な写生のようですが、奇妙な既視感があります。けれども、描かれている風景は実際にはありえないものです。たとえば、《WH水原2009ブレンド(モンブラン、栂池、燕、白馬)》では、ヨーロッパアルプスの最高峰と日本の北アルプス山麓の栂池周辺を組み合わせて描いています(画面右上で雲の上に頂を覗かせるのがモンブラン、その左下に見えるのはおそらく白馬大池でしょう。なお、しばしば作品名に使われている水原(すいばら)は、白鳥が飛来することで知られる瓢湖がある新潟県阿賀野市の地名です)。同様に、長野県の茅野山とチョモランマ、パリの街並みとセントラルパークの木々、あるいはアルプス山脈と京都の鴨川が巧みに合成されています。このように風景をいわば“ブレンド”することで、喜多の作品は、私たちの記憶の曖昧さに働きかけてくるのです。初期の作品がトリミングによって構図を決定していたのに対して、これらの作品では合成(モンタージュあるいはコラージュと呼んでもよいでしょう)によって構図が組み立てられています。現実の情景から不必要なものを取り除いていく方法から、現実の情景の細部を合成して虚構の情景を構築するようになったと言い換えることもできるでしょう。マルセル・プルーストは時間と記憶を錯綜させることで、現実が記憶のなかにつくられることを示しましたが、喜多順子は場所と記憶を混交させることによって、一種の桃源郷を創出しているのです。

水彩絵具による今の喜多の作風にとって、布という素材がもつ独特の肌触りや風合いが最も相性がよいのは明らかでしょう。もちろん、発色という点では、絵具を吸収して発色は鈍くなってしまいます。けれども、そのいくぶんくすんだような絵具の色感と、部分的な弛みがもたらすかすかな陰影が、描かれたイメージに対する不思議な心理的奥行きをもたらしているのは確かです。布という支持体のもつこうした効果によって、喜多順子がさりげなく創出する仮構の桃源郷は、見る者の心の襞の奥深くに無意識のうちに沁み入ってくるようです。

[画像: 《WH水原2009ブレンド(モンブラン、栂池、燕、白馬)》水彩, 布 153.5×125.0cm 2009]

メディア

スケジュール

2010年04月10日 ~ 2010年07月04日

アーティスト

喜多順子

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Reviews

cucino: (2010-04-18)

僕ら観る者を静かにさせ、心を研ぎ澄ませるような絵がありました。
http://cuccino.blog104.fc2.com/blog-entry-47.html

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