「あしたの種」展

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このイベントは終了しました。

雲ひとつない青空、地平線まで広がる畑、まっすぐに並ぶ畝、汗をかきながら種を蒔く農業高校の生徒たち。6月のある日、そんな種蒔きの光景を見ながら、畑の持ち主である農家は言った。「まさか、ここがひまわり畑になるとは思わなかった。でも、花が咲いたら、一生の思い出になるかもしれんね」と。

そこは、福島県の鏡石町。3.11の震災で湖からのパイプラインが決壊し、水がひけなくなった田んぼである。被害を受けた水田は、町の水田の8割を超えたと言う。隣の須賀川市でも、大きなダムが決壊し、多くの水田に水がひけなくなった。そんな時、水のない田にひまわりを植えようという声がどこからともなく起こった。復興と希望のシンボルづくりだ。いや、それだけではない。ひまわりを植えることで、土壌を痩せさせない。ひまわりへの転作ということで、国から幾らかの補助も支給される。そして、ひまわり畑は、瞬く間に4カ所の水田へ広がっていった。最終的には、福島空港の滑走路横にも大きなひまわり畑がつくられ、福島を訪れる旅人をあたたかく迎えた。まわり畑の総面積は、東京ドーム5個分の約20ヘクタール。咲いたひまわりの数は、約200万本。種蒔きに参加したボランティアの数は、延べ1000人を超えた。

やがて、ひまわりの季節は足早に過ぎていった。振り返ると、本当にこの活動は福島の人々のためになったのだろうかと思うことがある。しかし、復興支援とは、ひとりひとりにできることをやるしかない。私たちは、ただ、種を蒔いた。カメラマンは、ひまわりの写真を撮った。空撮カメラマンは、畑の上にラジコンを飛ばした。漫画家は、ひまわりの物語をつくった。シンガーソングライターは、ひまわりの歌をつくった。学者は、福島の人たちへメッセージを送った。落語家は、福島の子どもたちを笑わせた。そのひとつひとつが、あしたの種なのである。

メディア

スケジュール

2011年11月18日 ~ 2011年11月23日

オープニングパーティー 2011年11月18日18:30 から

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