本展は最近の3つの個展「Dog, Bus, Palm Tree」The Box、ロサンゼルス(2011)と「Nothing Related, but Something could be Associated」Yerba Buena Center for the Arts,、サンフランシスコ(2010)、「Random Hours, Several Locations」 YYZ Artist’s Outlet, トロント(2010)より作品を厳選し、新たに再構成します。また会期中には数回、展示替えが行われる予定であり、同一作品群が別々の見えをもった新しい展示として生まれ変わります。
タイトルである「in a place between snow balls and stones - 雪玉と石のあいだにある場所で」は今展の主要な出品作である「Someone's junk is someone else's treasure」(だれかのガラクタはだれかの宝もの)を参照にします。この映像は田中自身がフリーマーケットのブースを借り、近所で簡単に拾い集められる椰子の葉を並べて販売しようとする様子の記録です。ロサンゼルスでは風の強い日には椰子の葉がよく落ちていて、地元の人たちは雪かきをするように椰子の葉を片付ける必要があるそうです。こんなことをするきっかけには日米の2つの歴史的な作品があります。一つはデヴィッド ハモンズの「雪玉セール」(1983)であり、ハモンズは雪降るニューヨークの路上で雪玉を並べて販売しました。もう一つは、つげ義春の漫画「無能の人」(1985)の名場面で失業した主人公は川原で拾った「変わった形の石」を並べて販売し物思いのに耽るのでした。誰でもが容易に手に入れることのできる(無用な)ものを売るという行為。その行為を通して、ものの価値が問われます。私たちはなにに対価を払うのでしょうか。アイデアや行為に価値を求めるのか、ものに価値を求めるのか。これらの営みは似ていながらもまったく反目するのかもしれません。現在ロスで活動する作家は自身がその間を自由に往来する人です。フリマでの様々なお客さまとのやりとりを通じて、堅牢なものとさっと消え行くもの。機能することと役立たず。何かを作り出すことと何も作らずにただ見出すこと。それらを考えながら話し、やりとりをすることでその思索自体を販売していたとも言えるのかもしれません。雪玉と石の間に随分と豊かなアイデアが貯蔵されているものです。
本展では他にトーストにチーズを載せて焼くけど毎朝一度だって同じだったことは無い写真「Everyday statement (cheese toast)」(2010)、アルミの型にに仕込んだゼリーが冬の外気で凝固するまで公園で過ごしたときの写真「I spend Time in a Park Until the Jell-O Chilled out」(2010)なども発表致します。
[画像: 田中功起 「Someone's junk is someone else's treasure.」(2011) HD video、11minutes Created with The Box, Los Angeles ]