浅見貴子 「光合成」

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墨はさまざまな表情をあらわし、時に揺らぎ、立ち止まり、交差し層を成している。黒々と滲んだ点や繊細に淡く細く伸びる線。それらを際立たせる光にも似た白色と背景とコントラストを際立たせながら墨は輪郭をとり、枝をなし、葉となり、生命を与えられたように樹木が立ち現れる。
それは風景の描写ではなく、むしろ行為の形跡である。浅見の作品は鑑賞者の見る画面の裏側から描かれたもので、私たちはオモテに滲み出た色調を見ていることになる。一般的には最後に描いた筆跡が絵の表層に現れるのに対し、浅見の作品では最初に描いた筆跡こそが、表層に見えてくるということになる。そのため一度置いた墨は上塗りができず間違いは許されない。
しかしこの手法は、作家にとって一番印象が強いものや視覚的に近いものを最初に描いてから、遠いものを描くことが可能な手法であり、その意味では樹木や風景を作家が「かつて」見た体験と「そのとき」絵筆で作家が再現する行為、さらに言えば私たちが「いま」作品を見て受け取る情報の順序が一致する。それは絵画を見るという行為において稀有な体験である。また、紙の裏から描き、オモテに表れる滲みをまでも全てコントロールすることはできないと思う。
それでも、あらかじめ頭の中で組み立てる一方で、偶発さえ作品の力として呼び込みながら、紙に滲む墨の階調を推し量って作品は作られてゆく。私たちの前にある浅見の作品は「かつて」作家が見た風景が自身のなかからプロセスとして再構成され、見事に「いま」ここにある作品として転移結実した結晶である。

メディア

スケジュール

2011年03月18日 ~ 2011年04月10日

アーティスト

浅見貴子

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