深瀬昌久「救いようのないエゴイスト」

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[画像: Copyright © Masahisa Fukase Archives]

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1974年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)において日本の写真家を世界に初めて紹介した写真展『New Japanese Photography』が開催されました。土門拳や東松照明、奈良原一高、森山大道といった近代日本写真の第一人者らが 一堂に会するなか、妻・洋子の写真を展示したことで話題を呼んだのが深瀬昌久でした。

深瀬の写真とは、妻や家族、あるいはカラス、猫など、身近なモチーフにレンズを向けながらも、「自分とは何者か?」と いう問いを追い求めるものでした。「いつも愛する者を、写真を写すという名目で巻き添えにし、私も含めて誰も幸せに できなかった。写真を撮るのは楽しいか?」と自らの過去を振り返ると共に、「すべてをやめたいと思いつつ写真する ぼくの作業は、いま生きていることへの復讐劇かもしれない」という言葉を遺している深瀬。写真の先にあるものを 暴く行為がそのまま自分自身の生死に直結する̶̶、そんな焦燥感と寂寥が彼を表現の挑戦者として奮い立たせたの かもしれません。

1985年には、オックスフォード近代美術館(英)において『Black Sun: The Eyes of Four』という題名の下、東松照明、 細江英公、森山大道との四人展を開催。またヴィクトリア&アルバート美術館(英)やカルティエ現代美術館(仏)といった 世界の名だたる美術館での展覧会に参加するなど、名実ともに日本の写真界を牽引する写真家の一人として知られ ます。1974年に開設された「WORKSHOP写真学校」では、東松照明や森山大道、荒木経惟らと共に講師を務め、若手 写真家の育成に力を尽くしました。
還暦を目前にした1992年6月、行きつけのバーの階段から不慮の転落、脳に重度の障害を受けます。写真との対峙に 酷なほどのめり込んだ末、誰もが想像しない形で作家活動を閉ざすことになった深瀬は、ついに再起を遂げることなく 2012年に他界。深瀬が遺したものは今なお謎めき、色褪せることのない魅力を放ちます。

本展タイトル『救いようのないエゴイスト』は、元妻・洋子が1973年発刊の「カメラ毎日」誌別冊に寄稿した原稿の題名。 この中で「彼の写した私は、まごうことない彼自身でしかなかった」と言い表すように、いかなる事物と向き合っても その先に自らを見つめた深瀬その人を如実に象徴しています。本展ではこの言葉を拠り所に、数十年の沈黙を続けた 深瀬の貴重な未発表作品や代表作を展示します。

メディア

スケジュール

2015年05月29日 ~ 2015年08月14日

アーティスト

深瀬昌久

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Koushiro Tamada tablog review

これぞセルフィーの極北「救いようないエゴイスト」深瀬昌久展

近代日本写真の重要人物、深瀬昌久。代表作や未発表作品が一堂に会する。

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