poster for 「MOTIONS」
[画像: さわひらき Tracking 2010 single-channel video 4'26"​​]

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本展は、ビデオ、写真、インスタレーション作品など多様な視覚表現を通して「動き」の美しさにいまいちど目を向け、その意味を探索するものです。日常ではじっくり意味を考えることのない動きの新たな側面が見えてくることでしょう。
音と動きは深く関連しており、それはまるで話し言葉とボディ・ランゲージが対比をなすように、映像作品はもとより毎日の生活の中に存在しています。シンガポールをベースに活動するインドネシア人作家ベティ・スシアルジョは、インスタレーション作品「Anemones」(2011年)を通して音の可視化に挑戦します。スピーカーの上に置かれたラメ粉は、スピーカーの音波が生み出す振動によりジャンプを始めます。その姿は生命のリズムや宇宙の呼吸に似た波の音を奏でているようです。香港のアーティスト、サムソン・ヨンは、伝統的な中国の獅子舞を打楽器の音なしで演じてもらうという非日常の設定を作り上げ、映像作品「Muted Situations #2: Lion Dance」(2014年)として提示します。あるはずの音がなくなることで、知覚的な記憶と人間の動きがどのように結びついているのかに気づかされることでしょう。
動きの興味深いところは、見方によってそれを知覚する方法も変わってくることです。ロンドンを拠点とする日本人作家さわひらきは、映像作品「Tracking」(2010年)で白い鳥が黒い空を優雅に羽ばたいている姿を映し出します。白い鳥が画面の中央部で羽ばたき続けるのと同時に、樹々は右から左へと流れます。この効果により、観る者は鳥と同じスピードで同じ方向に向かって移動しているような感覚を味わうことでしょう。シンガポール人写真家のビクター・グイは、自分の車のダッシュボードの上にピンホールカメラを設置し、およそ30分という長い露光時間をかけて沿道の風景を記録しました。「Passing」(2015年)と題されたその写真作品を通して、グイは時間と空間がどう知覚されるかを問い直します。かすみながらも鮮明なそのイメージ群は、旅を圧縮して表現したものと言えるでしょう。
動きは物理的であるという意味で、身体の概念とも切り離すことができません。上海を拠点とする作家タン・ディシンは、ニューヨークのハンター・カレッジ・オブ・アーツで行われたパフォーマンスアート「Mr. Hungry」(2015年)において、ユニークな方法で身体の動きを試します。足を床につけてはいけないというルールを自分に課した上で、本を手で抱えながら、自分の前方に投げて足の置き場とすることで道を作りつつ進み、足場にした本はまた拾い上げて再度前方へ投げるというプロセスを繰り返します。タンはこのパフォーマンスを通し、身体の動きが空間と環境、その他の条件とどう関係するのかを探求します。北京を拠点とする作家、チェン・ウェイの近年の写真作品シリーズ「In the Waves」(2013年)は、若者がスポットライトの下で踊っている姿を表します。これは中国の若者の現況を反映しているのだと作家は語ります。社会のうねりに身を委ねることは安心と快感をもたらすと同時に、流されてしまう不安をももたらすのです。彼らの陶酔した表情からも、その矛盾した心情が読み取れることでしょう。

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スケジュール

2016年08月06日 ~ 2016年09月17日

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