公開日:2007年6月18日

フェデリコ・エレーロ展 「ライブ・サーフェイス」

美術館には独特の張りつめた空気がある。図書館の静寂と、歯科医院の緊迫感が混ざったような、なんともいえない空気だ。それがある人にとっての落ち着く空間であっても、私にはいつまでたっても馴染めない。

もし、お読みいただいている方の中にも同じような体験をお持ちの方がいらしたなら、フェデリコ・エレーロ展をおすすめしたい。

フェデリコ・エレーロは1978年にコスタリカで生まれ、2001年ベネチア・ビエンナーレでの特別新人賞受賞以降、世界のアートシーンを飛び回る存在となった。日本では2004年東京でのレジデンスプログラムをはじめ、昨年は愛・地球博の会場で、底いっぱいに世界地図を描いた池を制作/発表している。

現在フェデリコの個展を開催中のワタリウム美術館は、2階から4階まで小さなフロアが重なっていて、その吹き抜けに描かれた壁画(写真)こそ、今展の中心となる大作だ。高さは7メートルを超え、床にも少しはみ出している。この絵に名前はない。
壁画は様々な地点から鑑賞することができる。2階の地上から見上げると、天上まで長く続く絵巻物のような。3階にあるハンモックに寝そべって眺めると、どこにもない楽園を遥か漂うような。4階から見下ろすと、深く頭を沈めて海底を覗き込んでいるような。美術館の中を移動するたびに、くるくると表情を変え、私たちオーディエンスを誘う。その飛躍の美しさったらない。

今展では、他にワークショップ参加者と共同で制作したり、この秋来日してから描き上げた作品も見ることができる。表題Live Surfaceの通り、重なり合う色面、浮遊する描線が表出する、生命の息吹に居合わせるような展覧会だ。フェデリコの筆跡は、誰もが持つ豊かな想像力を、やわらかく呼び起こしてくれる。

ひどく古びた表現になってしまうけれど、彼の作品はまるで窓だ。それも、私たちに”こっちおいでよ”とにっこり微笑む、とびきり上機嫌な窓。つんとした美術館の白壁から、あなたが思い描く本当に居心地のよい空間へと連れ出してくれることだろう。

Ikuko Kohno

Ikuko Kohno

インデペンデント・キュレーター 1982年生まれ。東京在住。