公開日:2007年6月18日

“77 Million” ブライアン・イーノ 音楽映像インスタレーション展

ブライアン・イーノの音と映像へのアプローチは、日常を説得し、新しい環境へ導く。

何年か前、私がロンドンに住み始めたとき、新しい生活を始めるのだからと、ほとんど何ももたず、まるで荷物がなかった。そのかわり、ラップトップに詰め込んだ果てしない分量の(と信じていた)音楽データを、生活を豊かにするための、あらゆる瞬間で頼りにする予定だった。数千曲という単位は感覚的につかめなかったが、四六時中聴いたとしても、それなりに十分な量に思えた。ところが、iTunesに収められた、10GB、20GBといった分量の音楽データに退屈する日は、意外とすぐにやってきた。一度飽きると、その後は、いくら友人に新しい音楽を紹介されても、さまざまな場所でよい音楽を手に入れても、なんとなく、「聴く欲求」のスピードに追いつかなくなってしまった。退屈に飽きた私はよく、iTunes上でエレクトロニックミュージックをかけ、同時に別のプログラムでストリーミングラジオを再生した。その方法に慣れてくると、次はさらにその音に重ねて、部屋の外の音が聴こえやすいよう、ボリュームを調節した。似たようなエレクトロニック、あるいは強い低音のヒップホップ、クラシックやオペラ、インタビュー、動物の鳴き声、窓の外の雨の音や、風で空き缶が転がる音、ひっきりなしに鳴るサイレンの音のすべてが、瞬間ごと秩序なく重なり合い、自分ではまったく想像できない音が聴こえるようになった。ふいに流れる完成されたハーモニーを捉えようと何度も試みたけれど、何がどう重なって鳴っているのか、結局よくわからなくなってしまい、ラップトップの前で混乱した。私の日常に置かれることで完成した完璧なオーケストラは、残り香のような浪漫をもって耳に居座りながら、私に再現の自由を与えない。

エレクトロニックミュージックを作るフィンランド人の友人は、私の音楽の聴き方を知って、ブライアン・イーノの音楽へのアプローチを詳しく説明してくれた。音楽を環境の一素材として扱うイーノの試みは、ラップトップに入りきる音楽の量、そこから引き出して聴く方法自体に見切りをつけてしまった、現代の贅沢な耳を刺激する知的な呪文。iPod時代に、呪文らしからぬ説得力を持つ。

イーノは、こうした音楽へのアプローチを、映像の世界にも拡げる。溢れる音楽や映像の中で、耳や目は、鈍感になるか贅沢になるかのどちらかだ。贅沢な場合は、見聴きするものの取捨選択や絶妙な組み合わせを期待することになる。その匙加減を追求しているのがブライアン・イーノという魔法使い。”77 Million Paintings”では、写真と手描きのドローイングで作られたスライドの集合が、7千7百万通りの重なり合いを生成し、イーノの音楽に合わせ、ほぼ二度と同じ絵を見せることなく、無限に移り変わる。状況の重なり合いから生まれる完璧な瞬間を信頼し、作り手が必ずしも想像しなかったものが受け手に渡るような環境が、音と絵画で注意深く作られている。「僕が種を作り、蒔く。あとは自動的に生成する」というイーノの言葉は、日常のあちらこちらで響き、見る者、聴く者の、感動を求める純粋な欲求と交じり合い、呼応しながら、新しい環境を育てる。

Megumi Matsubara

Megumi Matsubara

Founder of assistant Co., Ltd - international &amp; interdisciplinary design practice. ロンドンにてピーター・クックに学び、バートレット建築学校を修了。assistantでは、国内外のアーチストおよびクライアントと協力し、領域や国境から解放された、自由なクリエイションを展開している。 <a href="http://www.withassistant.net/">assistant Co., Ltd</a>