今回原美術館で開催されている束芋の個展では、新作の映像インスタレーション3点を中心に、有名な《にっぽんの台所》や様々な展覧会におけるインスタレーションの記録映像、アニメーションのための原画などが展示されている。私は勝手に「らしい」個展を期待していたのだが、第一展示室の新作インスタレーション《真夜中の海》でそれは早くも裏切られた。覗き穴から見えるのは、真っ暗な空間と白い描線のみで表現された「波」とその音。風もそよいでくる。
建物の中2階からこれを見下ろすことができるのだが、ここから見る「真夜中の海」の全景は実に気持ちが良い。海と言えば何かに例えられがちだが、コンセプトノートによれば人体、特に「波」を人の皮膚の「皺」に例えているらしい。今までの作品に比べると、明確なストーリーもキャラクターもなく、ずいぶんと抽象的な表現であることに驚かされれる。
同じく新作で、屋外投影されている《ギニョラマ》は絡み合う「手」を執拗に描いたものだ。これも世間の事象を描いているというよりは、束芋個人の内面から出てくるものを描いているであろう点では、やはり抽象的。
個人的にこの2点の作品の印象は大きく、「にっぽん」シリーズなどでは見えにくかった、束芋個人の普遍的なテーマのようなものが見えた気がした。すなわち、私的な感情をどこまで作品にストレートに落としこんでしまえるか、という試みである。
波が皺に見えるとか、ギニョール(指遊び)の面白さとかが、どこまで観客と共有できるのかはある意味で賭けだ。
しかし、これは作家であれば常に逃れられない問題でもあるし、彼女のこれまでの具体的でブラックな表現だって、思えばかなり際どいところにいるだろう。
最後にもうひとつの新作《公衆便所》。こちらは「にっぽん」シリーズのアニメーションの描写にも近いものがあり、下着一枚で化粧直しをする女子学生や、便器に亀を流そうとする女性などが同じ公衆便所内に描かれる。
しかし、それらは個々に、何か現代のある事件を想起させるとかそいういうことは全くなく、むしろ不可解な一個人の行動として認められるのみだ。最後にクローズアップされる壁面の落書きや、「蛾」もかなり謎を残す。ここにもやはり、彼女の作風の変化が見てとれる。
旧作をきちんと見せつつも、冒険心に満ちた新作と共に構成される束芋の個展。ぜひご自身の目で確かめていただきたい。


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