現在、1月の平野薫に続いて、水越香重子の展示が行われている。
水越香重子は、記憶と記録、虚構と現実など、別のものとされながらも不可分な関係にある「曖昧な領域」の存在を意識させるような映像作品を制作してきた。
たとえば、小説「嵐が丘」の舞台・イギリスのハワースを10年前に訪れたが、雪で踏破できなかったがゆえに、10年後の同じ日に訪れたときの記録。また、1ヶ月間滞在したハンガリーの宿の住み込み宿主を中心にした映像、アウシュビッツを訪れたときの記録など、ある場所と水越自身の関係を独自の視点で捕らえ、ドキュメンタリー的な映像を制作してきた。それらは、水越自身のパーソナルな記録であるが、他者の視点から見れば、記録としてのドキュメンタリーを逸脱し、まったく新しいストーリーが付加されることとなる。
本展覧会で公開されている作品「DELIRIUM」は、これまでのドキュメンタリータッチの作品とは異なり、ある洋館を舞台に展開されるフィクションである。小さな女の子を中心に、洋館の中で不思議なものや現象が出現する。ギャラリーの壁面3面に、時々少しずつずれたタイミングで投影される効果もあいまって、鑑賞者はまったく別次元の時間の中に引きずり込まれる。タイトルの「DELIRIUM」とは、英語で、高熱などによって引き起こされる「一時的な精神錯乱状態」という意味を持つ。実在する洋館を舞台に、実際にはありえない状況が次々と展開する映像は、さながら「アリスの不思議な世界」の本の世界に迷い込んだような感覚を引き起こす。それは、まさに「曖昧な領域」そのものを視覚化した作品といえる。