美女の図、美男の図~藤田嗣治、高野三三男から現代作家まで

藤田嗣治のいる、静かな休日

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「美女の図、美男の図~藤田嗣治、高野三三男から現代作家まで」所蔵作品展

恵比寿、代官山エリアにある
目黒区美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2008-02-09 - 2008-04-06)

In Main Article 3 レビュー by Hana Ikehata 2008-03-13

「藤田嗣治の幻の大作、日本初公開」――

今年日本各地を巡回する藤田嗣治の展覧会を前にして、《構図》《争闘》(いずれも1928年)と名のつけられた連作が日本に運ばれてきたとの報道を見聞きした方も多いことと思う。藤田の周囲が騒がしくなりそうな、そんな2008年の、春の気配がうっすらと感じられる休日に目黒区美術館に足を運んだ。

「藤田が出ていた。」友人がこともなげに言った言葉をたよりにして訪れた目黒区美術館の所蔵作品展には、思いがけないほどのたくさんの藤田作品が出ており、私を驚喜させた。「『藤田が出ていた』どころの話じゃないよ…」と心の中で思いながら。それは小さな「藤田嗣治回顧展」であった。回顧展だなどと、言葉が大きすぎないか、と言われるかもしれないが、どうしてなかなか、バリエーションに富んだ出品なのである。

多くの人がイメージするところの「藤田らしさ」、それはあの「素晴らしき乳白色」であろう。その「素晴らしき乳白色」の油彩画は今回は他の美術館に譲るとしても、白い肌の魅力だけではない、藤田の作品群が持つ多面的な表情を堪能することが出来た。例えば、「藤田らしさ」を確立する以前の初期の作品として知られている《赤毛の女》(1917年)を見ることが出来る。自らが築き上げたスタイルからの脱却を図った中南米旅行から取材した《メキシコの少年》(1933年)もあった。そして自画像。藤田はよく自画像を描く画家であった。そして猫が好きだった。そんな藤田のポートレートにふさわしい、ドライポイントによる《猫のいる自画像》(1926年)。これらを含め、計14点の作品を見ることが出来る。

その中で特に印象的な作品があった。それは来るべき《争闘》の連作―日本初公開となる「幻の大作」―との対面のプレリュードとなることを感じさせるものであった。《レスリング》(1927年)である。二人の男性が己の力の限りを尽くしている、肉体と肉体の容赦のない闘いの瞬間を捉えている。一人は相手を上からがっちりと押さえ込み、もう一人は組み敷かれてもなお反転攻勢を狙って体中の筋肉に力を込めており、顔は見えないが歯を食いしばる様子が伝わってくるようだ。驚くべきはこの猛る肉体の躍動感を生み出しているのがしなやかな極細の線である、ということだ。

この《レスリング》は水彩の作品である。極細の線と肉体の所々を覆う薄い陰影によって荒ぶる肉体が見事に表現されている。「藤田らしさ」である「素晴らしき乳白色」のない水彩画であっても、藤田の筆から紡ぎだされたあの線は藤田の理想とするところの肉体の造形を生み出していた。そして、極細の線は男性の闘う肉体だけでなく、あの展示室のそこかしこに存在していた。数点出品されていた裸婦の図(《立っている裸婦》、《横たわる裸婦》等)の蠱惑的な女体の質感、前述《メキシコの少年》の、触れれば柔らかく、ちょんと突けばその指をぷるんとはねかえすような弾力性に富んだ、子供時代の特権のような頬の感覚を表現するのにも用いられている。藤田の描く肉体を縁取る極細の線は、まさに奇跡の線なのである。それを目の当たりにし、存分に堪能できる贅沢が、休日でもなお静かな目黒区美術館にはあった。

《争闘》―闘いの神に魅入られた、というよりもむしろ、一人ひとりが闘いという荒々しいエネルギーそれ自体の化身となっている人間群像が大画面に破綻なく展開されているという。極細の線という原子から構成された荒ぶる肉体達。その凄みを感じられる機会が今年やってくるということに対する期待に胸を膨らませつつ、その大作の源流ともいえる《レスリング》を、静かに心ゆくまで鑑賞できるという最高のひと時を提供してくれるこの春の目黒区美術館の魅力を、あまり声高ではなく主張したいところである。今年の大きな話題の1つとなるであろう藤田嗣治展に先駆けて足を運んでおきたい展示であると言えよう。

Hana Ikehata

Hana Ikehata. 物心ついて一番最初に経験した「美術に触れて息が止まるほど感動した瞬間」は、中学生の時、パリのルーブルでサモトラケのニケを見た時。若かりし頃、失恋の奈落の底で見た雪舟の天橋立図は周りの誰の慰め言葉よりも心に清々しい風を吹かせてくれた。東京大学卒業後、数年ほど、しがないサラリーマンをする。美術は趣味と割り切って生きるつもりだったが、自分の持てる時間は有限であるということに気付き、限りある人生をめいいっぱい使って大好きなことで奮闘したいと思い、突如「美術ライター」を志す。「美術と人をつなぐ仕事」なら何でも挑戦してみたい。「いわゆる日本画」「日本美術」「ちょっと古いもの」とカテゴライズされる作品群に好きなものが多いと感じている。 ブログのんびり更新中 ≫ 他の記事

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