「木喰」展

木の温もりと人の祈りと

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「木喰」展

横浜、神奈川エリアにある
そごう美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2008-06-27 - 2008-07-24)

In Main Article 2 レビュー by Hana Ikehata 2008-07-14

木喰(もくじき)は江戸時代後期に活動した僧侶である。56歳を過ぎた頃から北は北海道、南は九州に至るまで全国を行脚し、60歳をこえた頃から数多くの木の仏像を作るようになった。この度、その木喰が遺した仏像群の全貌を見ることができる展覧会が開催されている。

《子安観音菩薩》愛媛県四国中央市光明寺蔵

会場にはいるとまず《子安観音菩薩》が目をひく。これはその形状から、地面に根を下ろしていた立木に観音像が彫りこまれたものと考えられている。ささやかな幸せを願う庶民の祈りを一身に受けた観音像が緑生い茂る木の生命と一体になっていたであろう様子を思い浮かべると、なんとも力強くて優しい包容力を感じることだろう。この展示の冒頭を飾るのにふさわしい一品である。

木喰の仏像の魅力はなんといってもその豊かな表情にある。寺社仏閣に納められている金色の仏像の端正な面立ちとはまたひと味違う表情だ。デフォルメとでも表現できるようなインパクトのある表情。目がきゅーっと細くなるほどの笑みを浮かべた温和な表情。こういった木喰の作品は笑顔が特徴的であることから「微笑仏(みしょうぶつ)」という呼び方もされている。

《自身像》東京都目黒区日本民藝館蔵

《迦葉》山口県防府市極楽寺蔵

《狛犬吽形》滋賀県東近江市竹田神社蔵。《狛犬阿形》と対になっている。狛犬像は木喰の作品の中では非常に珍しい。後ろに写っているのは《神像》(香川県坂出市鴨神社蔵)。

《利剣名号》新潟県佐渡市木食堂蔵。煩悩や災いを切るとされるもので、文字の各部分の先を件のように鋭く尖らせている。デザイン性に富んでいて思わず目をひかれる。

《如意輪観音菩薩》新潟県長岡市寶生寺蔵

展示に並ぶ数々の笑顔を目にしていると、ふと、最近これほどの笑顔になったことはあっただろうか、という考えが脳裏に浮かぶ。目の前の苦労に追い立てられるように日々を過ごし、曇り空のような心持ちで毎日を送ってはいないか、と。歴史の流れの中で木喰の仏像に向かって祈った名もなき庶民達。彼らの生活は必ずしも全てが思い通りで、楽しくて笑顔がこぼれることばかりというわけにはいかなかっただろう。むしろその逆で、歯を食いしばりその日その日を一生懸命生きるのに精一杯であったのだと思う。だが彼らはこの仏像を見てはその屈託のない笑顔を撫でさすり、ぎこちなく微笑んできた。

木喰は親しみやすい歌も多く残している。「まるまるとまるめまるめよわが心まん丸丸く丸くまん丸」。笑顔とは遠い極楽の仏様が持ってきてくれるものではない、今日という日を必死に生きる自分をいたわる丸い柔らかな心持ちの中にあるのだろう。木喰の仏像の笑顔には自分に優しく、人に優しくなれる、そんな温かさが秘められているのだ。

Hana Ikehata

Hana Ikehata. 物心ついて一番最初に経験した「美術に触れて息が止まるほど感動した瞬間」は、中学生の時、パリのルーブルでサモトラケのニケを見た時。若かりし頃、失恋の奈落の底で見た雪舟の天橋立図は周りの誰の慰め言葉よりも心に清々しい風を吹かせてくれた。東京大学卒業後、数年ほど、しがないサラリーマンをする。美術は趣味と割り切って生きるつもりだったが、自分の持てる時間は有限であるということに気付き、限りある人生をめいいっぱい使って大好きなことで奮闘したいと思い、突如「美術ライター」を志す。「美術と人をつなぐ仕事」なら何でも挑戦してみたい。「いわゆる日本画」「日本美術」「ちょっと古いもの」とカテゴライズされる作品群に好きなものが多いと感じている。 ブログのんびり更新中 ≫ 他の記事

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