公開日:2013年6月15日

「韜晦~巧術其之肆」展フォトレポート

超絶技巧から見る、日本ならではの「美」の競演

2010年に始まり4度目の開催を迎えた「巧術」は、総勢23名の作家が、類い稀なる技巧に裏打ちされた、まさに珠玉の作品をもって、日本ならではの美術とは何かを問い直し、進むべき道を提示する展覧会です。と、このように書くと、その問題提起はすぐに答えが出るほど易しいものではないだけに、とっつきづらいのでは? と思われそうですが、様々な形式と素材によって制作された、理屈抜きでも楽しめる作品が並んでおり、美術に興味を持ち始めた人から既にどっぷりの人まで、魅了される作品と必ず出会える内容になっています。また、今年のテーマは「韜晦(とうかい)」、ひとつひとつの作品に傾聴の価値ある「モノガタリ」が隠されていますが、それは、作品に引き込まれているうちに、自然と聞こえてくる思いがしました。

質実剛健でもあり豪華絢爛でもありーー限界を超える技巧から生まれた作品が勢揃いし、言葉に出来ない熱い雰囲気に包まれた「巧術」の中で、今回は7名の若手作家を中心に、写真を交えて展覧会の様子を紹介します。

■石野平四郎
スパイラルガーデンを特徴付ける円形のアトリウムに、圧倒的な迫力で鎮座する石野さんの巨大な彫刻。ディテールを見ると鳳凰から着想を得たことが伺えますが、制作に懸ける情熱は、あるひとつの具体的な形に作品を留めず、独自の新しい彫刻を生み出しています。今年のSICFで準グランプリを獲得した期待の新鋭は現役の大学生。本展出展作家の中でも今後の成長が最も楽しみなひとりです。

石野平四郎「羽を持つ者へ」/2013/石粉粘土、金属パイプ、断熱材、アクリル塗料/200 x 125 x 75cm
石野平四郎「羽を持つ者へ」/2013/石粉粘土、金属パイプ、断熱材、アクリル塗料/200 x 125 x 75cm

■伊藤航
16個の東京タワーが頂点を中心に円形を描き出す美しい作品。東京タワーの造形自体、簡単には再現出来ない複雑な構造をしていると思いますが、伊藤さんはこの作品を展開図なしのフリーハンドで作り上げたそうです。手技を超えて神技の域に達しているとしか思えませんが、その技巧も表現したい世界があってこそ。作品から生まれる影まで美しく、感嘆するばかりです。

伊藤航「Electric Wave Ⅱ」/2013/ケント紙/50 × 50 × 15cm
伊藤航「Electric Wave Ⅱ」/2013/ケント紙/50 × 50 × 15cm

■悠
切り絵と聞くと、その装飾性において技巧的だと思う人は多いかも知れませんが、悠さんの作品はそれ以上に絵画としての完成度の高さを誇っています。繊細な世界観を達成するための方法として、筆ではなくカッターがもたらす線の感覚で絵を描いているような。その線で紡がれた物語を読み解くのも楽しいかと思います。

悠「KWAIDAN」シリーズより「世外佳人(せがいかじん)」/2013/カラーペーパー、トレーシングペーパー、カラーペン、絹糸、和紙/85 x 32.5cm
悠「KWAIDAN」シリーズより「世外佳人(せがいかじん)」/2013/カラーペーパー、トレーシングペーパー、カラーペン、絹糸、和紙/85 x 32.5cm

■牧田愛
光の反射まで写実的に捉えられたハーレー・ダビッドソンのエンジンが何筒も連なり、硬質であるはずの存在は、命を得た異形の者へと生まれ変わっています。「巧術」における写実の在り方と言えるかも知れませんが、牧田さんの技巧が目的とするのは写実のみにあらず、絵画だからこそ達成できる視覚世界を作り上げています。それだけ美しく描き上げられる対象への愛情と畏怖の念は、細部まで目を凝らしても揺るぎない描写に現れています。

牧田愛「男性性 − masculinity」/2013/油彩、綿布、パネル/145 × 89 cm x 2p
牧田愛「男性性 − masculinity」/2013/油彩、綿布、パネル/145 × 89 cm x 2p

■増田敏也
鬼気迫る執念がこもった作品が続く「巧術」の中で、ファミコンを思い出すアナログで8bitな世界が陶芸で表現されているからか、どこかほっこりしてしまう優しさがあります。しかし、作り手ではない私から見れば、瑕疵なく陶芸が完成するだけでも高い技術を要するように思いますし、今回特に目を惹く作品は、初代 宮川香山という、世界に名を知られた歴史的な陶芸家のオマージュ。先人の遺したDNAを批評的に継承し、また変えてゆく事は、作家としての独自性を獲得する上でも大事であると、作品の持つ意味だけでなく、増田さんの制作に対する姿勢、知的な営みにまで思いを馳せてしまいます。

増田敏也「Low pixel CG 『オマージュ(水辺ニファイター細工花瓶)』」/2013/陶土・アクリルBOX/45 x 45 x 55cm
増田敏也「Low pixel CG 『オマージュ(水辺ニファイター細工花瓶)』」/2013/陶土・アクリルBOX/45 x 45 x 55cm

■満田晴穂
「あれ、こんなところにベッドが……」と枕元を覗いてみると、二匹の百足が這っています。多くの人には悪夢の光景だと思いますが、そう感じさせるだけのリアルさを支える技巧は常軌を逸しています。満田さんの制作する自在置物はいわゆる金属工芸ではあるのですが、作品が属する分野を問う事がナンセンスに思えるぐらい、唯一無二の存在感を放っています。その姿は不気味かも知れませんが、無機的な素材で作られた百足に、生命の美しさを見出すことが出来るのではないでしょうか。

満田晴穂「自在大百足(雌雄一対)」/2013/銅、赤銅、青銅、真鍮/L17cm x 2p
満田晴穂「自在大百足(雌雄一対)」/2013/銅、赤銅、青銅、真鍮/L17cm x 2p

■山本隆博
飛行船が空を舞う様を紹介する計72点の古ぼけた絵葉書が、印象的な形で額装されています。主に鉛筆や水彩を用い、写実的に描く作風で知られる山本さんであるだけに、全ての絵葉書が手描きかと思いきや、それは一枚のみ。後は、オリジナルの絵葉書かそのコピーで構成されています。その三者が並ぶ事で「どれが本物か、そもそも本物とは何か」と物事をどう認識するのかについて、挑戦的なまでに問われているような深みのある大作です(ちなみに筆者はどれが手描きか分かりませんでした)

山本隆博「Airship」/2013/鉛筆、水彩、印画紙、インク、葉書/126 x 152cm
山本隆博「Airship」/2013/鉛筆、水彩、印画紙、インク、葉書/126 x 152cm

「韜晦」されたモノガタリまで「蠱惑」的な輝きを見せる「手練」達の作品ーーってコレ、今までの「巧術」のテーマを引用したものですが、次は一体どういう景色を見せてくれるのか、来年以降の開催も今から楽しみでなりません。

Daisuke Katou

Daisuke Katou

栃木に生まれ九州と関西で思春期を過ごし、現在は東京在住。美術家やデザイナーとの出会いを通じて美術の楽しさを知り、08年頃より都内を中心にギャラリーと美術館、アートイベントを年平均800件巡っている、(自称)生粋のアートファン。