公開日:2014年9月11日

この秋は能・歌舞伎の舞台へ!アート好きにおくる、伝統芸能のすすめ

600年の時を越えて受け継がれてきた伝統芸能。そこに通底する、日本ならではの霊魂信仰とは。

能や歌舞伎を観に行ったことはありますか?存在を知っている程度だよ…という方も多いかもしれません。そんなあなたに読んでほしい、今回の記事は、伝統芸能鑑賞のすすめです。伝統芸能は難しいというイメージを持つ方は多いと思いますが、ほんの少し知識を得ることで、ぐんと魅力的に見えてきます。能と歌舞伎の違いとともに、日本人が古くから受け継いできた霊魂への信仰というところにスポットを当ててその世界観を見てみましょう。能や歌舞伎で秋の一日をしっとりと過ごしてみませんか?

 

能 ― 現存する世界最古の舞台芸術

能の歴史は600年以上。日本最古の歌舞劇であり、なんと世界最古の現存する舞台芸術でもあります。神様へ捧げる踊りと音楽が芸術として高められたものであり、武士のたしなみでした。演じるのは最小で2人、多くても10数人ととても小規模な編成です。背景の装飾などは一切なく、具体的な表現はそぎ落とされ、鑑賞者が自由に想像しながら鑑賞できるのが能の特徴です。「無が有を生む」、これが能の様式の面白さの一つであり、歌舞伎と異なる点でもあります。

「源氏物語」に登場する源氏の元愛人、六条御息所の怨霊
「源氏物語」に登場する源氏の元愛人、六条御息所の怨霊
横浜能楽堂(文中紹介)「梅若玄祥のスリーステップで学ぶ能」より「葵上」

主人公はほぼ人間じゃない

驚きなのが、登場人物として「人間以外の何か」が出てくる演目数の多さです。神や天狗、草花の精、戦死した武将や、地獄に落ちたものたちなどその種類は様々。これは平安時代ごろより日本人が受け継いできた霊魂信仰の文化のあらわれであるといわれています。霊魂の存在を認めたうえで、よい霊だけではなく、人に恨みを持ち災いをもたらす怨霊までもきちんと供養することで、人間を守ってくれる善良な神になりかわるという思想です。供養とはお経をよむことだけではなく、歌、踊り、絵画、文学によってなされます。だからこそ能という芸能の演目において鎮魂の物語が語られるのでしょう。

霊魂が乗りうつる小道具、能面

また、能は仮面劇であるため能面が欠かせません。能面には、見る角度によりその喜怒哀楽の表情を変えるというという特徴に加え、登場人物の霊魂を乗り移らせるという依代的役割もあります。いま東京丸の内では、三井記念美術館「能面と能装束 – みる・しる・くらべる -」展、上野では東京国立博物館 本館「能と歌舞伎 狂言の面・装束」にて能面、能装束が展示されています。呪術的装置としての能面を間近で観察できるチャンスです。


能の公演へ行ってみよう

横浜能楽堂では、チケット価格も求めやすく、初めての人にもわかりやすい講座や公演、無料の施設見学会が開かれています。
そして、まずは気軽に雰囲気を味わいたい、という方におススメなのが新宿御苑「森の薪能」(10月13日)です。「薪能」とは夜に野外で火を焚いて行われる能のことです。新宿から10分程度の距離で、別世界を体験できます。秋の夜長を幽玄の世界で過ごしてみてはいかがでしょうか?

<能の歴史や公演情報、演目解説等、能楽総合情報サイト>
能の演目概要などがチェックできます。
▶The能ドットコム

 

歌舞伎 ― 華やか・豪快!江戸の町人文化から生まれた「今風」精神

東洲斎写楽画 大谷鬼次(左)と市川蝦蔵(右)
東洲斎写楽画 大谷鬼次(左)と市川蝦蔵(右)
歌舞伎とは江戸時代に花開いた町人文化の一つです。
歌舞伎と能との違いの一つは伝統を持ちつつも歌舞伎はつねに時代とともに生まれ変わってきたということ。決まった価値観、美意識にとらわれず時代ごとの大衆とともにエンターテインメントとして受け継がれてきました。最近では宮藤官九郎さんが脚本・演出した作品や、「半沢直樹」にも出演していた歌舞伎役者の片岡愛之助さんによるフラメンコを取り入れた演目などが話題です。
(Photo by sfbaywalk left/right)



踊りのルーツとは?

常に新しくといえども、かぶき踊りという踊りそのものの「型」には伝統があります。ここでの型とは決まったポーズや動きのことです。歌舞伎踊りの原型は、中世に風変わりな格好をして踊った風流踊りと、戦国時代に失われた多くの死者の魂を鎮魂しようと踊られた念仏踊りであるといわれています。歌舞伎を見ているとよく踊りの間に足で地面を踏み鳴らすことがありますが、これは魂を鎮めるという呪術的な動作がもとになっているようです。歌舞伎は大衆向けのショーですが、その型に死者の霊を供養するための念仏踊りの精神が受け継がれているのです。また、ストーリー自体にも人間の霊や動物・植物の精が登場することも多く、霊魂信仰という能の持つ世界観と共通のものが背景にあることがわかります。

初めてでも気軽に!公演&チケット 

歌舞伎は初めてという方におススメしたいのが 歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」 の「連獅子」(9月1日~25日)。親子の獅子の情愛や勇猛な獅子の精の様子を描いた、歌舞伎舞踊の人気作品です。親獅子と仔獅子の精が現れ、勇壮に毛を振り、舞う姿は圧巻です。また、見た目に豪快でわかりやすいところも初心者には嬉しいポイントです。ここで、歌舞伎をちょこっとだけ見てみたい人におすすめなのが一幕見(ひとまくみ)です。チケットを普通に購入すると通常複数の演目が鑑賞できますが、自分の観たい演目のみを選んで見ることができる、これが一幕見です。当日券のみですが、時間もお金もスマートに観劇できます。
▶ 一幕見席 (歌舞伎座)

日本舞踊 ― 誰もが担える伝統芸能

最後に歌舞伎と合わせて紹介したいのが日本舞踊です。日本各地の民俗芸能や西洋の舞踊を取り入れつつもそのルーツをかぶき踊りにもつのが日本舞踊です。概して、西洋の踊りがダンサー自身の自己表現であるとすれば、日本舞踊の演者は「入れ物」に近い存在だといいます。「自分が踊る」感覚よりも、「なにかが自分に入ってきてそれが踊っている」ということです。呪術装置としての能面にみられるような、憑依する霊魂への信仰があるのかもしれません。

またなんといっても日本舞踊の魅力は誰でも担い手になれるところです。能や歌舞伎は基本的に世襲制。しかし日本舞踊であれば挑戦できます。実際に体を動かし、練習に励み、発表会では顔を白く塗って着物を身に着け、普段とは違う自分に「なり替わり」踊る。これが醍醐味ではないでしょうか。まずは日本舞踊を見てみたいという方には日本舞踊協会主催の、様々な流派の踊りが見られる新春舞踊大会などがおすすめです。

掘り下げてみると人々の信仰や価値観が垣間見える。これが伝統芸能とアート作品が共通してもつ面白さである気がします。普段触れているモダンなアート作品も、伝統的精神から生み出されることも少なくないはずです。身体表現をテーマに開催される、東京都現代美術館「新たな系譜学をもとめて‐ 跳躍/痕跡/身体」展では、伝統の型と現代の表現の関係性にも迫ります。(9月27日~2015年1月4日) ぜひこの機会に伝統芸能の公演や展示に足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

[TABインターン] 塚越寛子: 大学では比較文化を学ぶ。留学を経て、西洋と東洋の文化的差異に興味を持つ。好きなものは絵画も音楽も印象派。日本舞踊名取りを目指して修行中。

TABインターン

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学生からキャリアのある人まで、TABの理念に触発されて多くの人達が参加しています。3名からなるチームを4ヶ月毎に結成、TABの中核といえる膨大なアート情報を相手に日々奮闘中! 業務の傍ら、「課外活動」として各々のプロジェクトにも取り組んでいます。そのほんの一部を、TABlogでも発信していきます。