公開日:2015年2月18日

「幻想絶佳:アール・デコと古典主義」展 レポート

改修を終え新しくなった庭園美術館。アール・デコに新たな視点で迫る企画展をレポートします!

昨年2014年11月にリニューアルオープンした東京都庭園美術館。現在、開館30周年記念展「幻想絶佳:アール・デコと古典主義」が開催されています。

アール・デコの装飾様式は、20世紀初頭における工業の発展や新素材の登場を背景に、「近代的」「直線的」「幾何学的」といった言葉で語られてきました。しかしこの展覧会では、それらの言葉では語り尽くせないアール・デコの多様性に驚かされます。中でも、近代的な要素とは一見相容れないように思える「古典主義」に焦点を当てた今回の展示…。企画展を通して庭園美術館が見せてくれる「幻想絶佳」の風景とは、一体どのようなものなのでしょうか?

今回の展示では展示品だけでなく、室内装飾の細部にまで注意を払ってみましょう。「古典主義」という新たな視点で、いたるところに隠れた庭園美術館の魅力を再発見できるはずです!

東京都庭園美術館 本館(旧朝香宮邸)
東京都庭園美術館 本館(旧朝香宮邸)

読み解くヒントは、アンリ・ラパンと「古典主義」

展示風景
展示風景

美術館の本館、旧朝香宮邸は、日本を代表するアール・デコ建築として広く知られています。アール・デコが花開いたのは、1910〜30年代のフランス。前世紀末に起こったアール・ヌーヴォーが飽和を迎えた時期に、さまざまなジャンルの流行を取り込みながら発展しました。カッサンドルやタマラ・ド・レンピッカといった画家は、キュビズムや構成主義といった当時の前衛芸術から影響を受け、ジョルジュ・バルビエは東洋趣味をロマンチックに描くことで人気を博しました。多様な傾向が並立するなか、作家たちは自分のスタイルを模索していたのです。

第一次世界大戦を経て急速に近代化が進む中で、古典にアイデンティティを求め、新たな価値を見出した美術家たちがいました。旧朝香宮邸の室内装飾を手がけた装飾美術家アンリ・ラパンは、その一人です。ラパンの手がけた装飾には、庭園と噴水、花かごや花手綱など、古典主義的なモチーフが多く登場します。今回の展示ではこれをヒントに、多様性にあふれたアール・デコの装飾を「古典主義」というキーワードで読み解いていきます(※)。古典主義はアール・デコに限らず、20年代の芸術運動全体を貫く傾向のひとつで、ピカソやコクトーにもみられます。

旧朝香宮邸の大客室や大食堂の装飾を見てみましょう。大客室の入り口を入ると、図案化されたモチーフが近代性を感じさせる、マックス・アングランのエッチング・ガラスの扉が目に飛び込んできます。しかし、そこからラパンの手がけた壁画を見上げると、花を綱状にたばねた文様や噴水が描かれ、古代の美しい庭園に迷い込んだようです。前衛的な扉装飾と古典主義的な壁画が共存している様子に、多様性あふれるアール・デコの面白さを感じました。同様の組み合わせは、人工的な造りの庭園や果物籠が描かれた大食堂へと続きます。

東京都庭園美術館 本館 大客室の展示風景
東京都庭園美術館 本館 大客室の展示風景
直線的なデザインの扉はアングランによるもの。正面上部に見える、ラパンによるグリーンの壁画に注目。

東京都庭園美術館 本館 大食堂
東京都庭園美術館 本館 大食堂
ラパンによる正面の壁画には、古代風の人工的な庭園が描かれている。両脇には、ここでもアングランによる扉が取り合わせられている。

また、2014年の改修工事で修復されたラパンの「香水塔」も見どころです。ひときわ目を引く巨大な白磁のオブジェからは、古典主義的なイメージとしての噴水や、花の盛られた鉢の形などを連想しました。宮廷として使われていた当時は、実際に照明部分に香水をたらし、室内に充満させて来客を迎えていたようです。

新館では、古典主義のアール・デコ作家たちによる絵画や彫刻をまとめて見ることができます。ポスターにもなっているロベール・プゲオンの「蛇」には、ラパンとは異なる古典へのあこがれが詰まっています。複雑に仕組まれた寓意、馬の描写などにみられるリアリズム、そしてそれとは不釣合いな引き伸ばされた裸体には、16世紀後半のイタリアで流行したマニエリスムの特徴がみられます。アール・デコの古典主義、という限定されたテーマの中にも、さまざまな傾向が並立していたことがわかります。

東京都庭園美術館 本館 香水塔
東京都庭園美術館 本館 香水塔
ウジェーヌ・ロベール・プゲオン《蛇》1930年頃 Eugène-Robert POUGHEON《Le Serpent》c. 1930 © Musée La Piscine (Roubaix), Dist. RMN-Grand Palais / Arnaud Loubry / distributed by AMF, Achat de l’Etat 1930
ウジェーヌ・ロベール・プゲオン《蛇》1930年頃 Eugène-Robert POUGHEON《Le Serpent》c. 1930 © Musée La Piscine (Roubaix), Dist. RMN-Grand Palais / Arnaud Loubry / distributed by AMF, Achat de l’Etat 1930


「家具」からみるアール・デコ

最後に、家具についてご紹介しましょう。アール・デコの室内装飾と調和した姿で家具を楽しめるのは、庭園美術館ならではの展示です。室内空間と家具や美術品を合わせ、総体として表現する展示は「アンサンブル展示」と呼ばれ、当時の作家たちが取り組んだ展示方法でもありました。

20世紀初頭より多様な発展を見せてきたアール・デコは、1925年にパリで開かれた現代装飾美術・産業美術国際博覧会(アール・デコ博)に結実しました。150以上のパヴィリオンのなかには、ル・コルビュジエが手がけたエスプリ・ヌーヴォー館や、ソヴィエト構成主義を体現したソヴィエト館などもありました。あらゆる最先端のデザインのかたちが凝縮されていた博覧会だったといえるでしょう。そして、ラパンらによる古典主義の特色がもっともよく表れていたのが、美術コレクターの理想の邸宅をイメージした「コレクター館」です。室内の空間構成を手がけたのは、当時随一の家具デザイナーだったジャック=エミール・リュールマン。室内空間と美術品のアンサンブル展示によるこのパヴィリオンは、開催中大きな注目を集めました。

コレクター館 外観
『アール・デコ博覧会公式報告書』1925年、ラルース出版

リュールマンは、古典的で重厚な装飾の中に、邸宅に据える家具のデザインの理想を見出していました。ですが、単なる保守的なデザインに落ち着くことは決してありませんでした。たとえば今回展示されているキャビネットには、花の盛られた鉢という古典主義的なモチーフが用いられています。しかし、図案を平面化し細部を抽象化した表現や、象牙などのエキゾチックな素材を用いることによって現代性が取り入れられ、古典と前衛の調和のとれた独特のデザインに仕上げられています。

朝香宮ご夫妻はアール・デコ博を訪れ、華やかなアール・デコ様式に彩られた空間を目の当たりにしました。現代性を加え、洗練された古典主義。当時の先端をいくラグジュアリー感とフォーマルさ。これらに魅せられた朝香宮は、自邸の室内装飾を直接アンリ・ラパンに依頼しました。こうして、現在は東京都庭園美術館として公開されている旧朝香宮邸が誕生したのです。

今回の展示ではリュールマンをはじめ、ルネ・ラリックやジュール・ルルーなど、ラパンとともに活躍した作家たちの家具や絵画、工芸品が、旧朝香宮邸という邸宅を彩るアンサンブル展示の手法で紹介されています。
古典主義という新たな視点を手がかりに、空間全体の調和を楽しみながら展示を巡ってみてください。そこには、豊かな想像力から生まれる美しい眺め―「幻想絶佳」が立ち現れてくるはずです。

(※)「古典主義」と一口にいっても、当時の美術家たちのアプローチは一様ではありませんでした。古代美術からの直接的な触発や、17、18世紀に流行した新古典主義からの引用、あるいは中世からルネサンス、そして19世紀までのヨーロッパの広い範囲から引き継いだ伝統を意識した作品など、非常に幅広い「古典」を含んだ傾向としてあらわれています。当記事では、そうした西洋の伝統的美術様式への回帰の傾向を、まとめて「古典主義」と表現しています。

割引のご紹介
「幻想絶佳:アール・デコと古典主義」展では、Tokyo Art Beatの割引アプリ、ミューぽんが使えます。当日券購入時に窓口で提示すると、2名様まで20%割引になります!学生にも適用されますので要チェックですよ。ぜひご活用ください。

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[TABインターン] Yuko Sakaba: 大学で美術史を勉強中、専門は仏教美術。時代や地域問わず、人と人を繋ぐ磁場として機能するアートやイベントに興味があります。美術館の近くのおいしいスイーツ探しに夢中!

TABインターン

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学生からキャリアのある人まで、TABの理念に触発されて多くの人達が参加しています。3名からなるチームを4ヶ月毎に結成、TABの中核といえる膨大なアート情報を相手に日々奮闘中! 業務の傍ら、「課外活動」として各々のプロジェクトにも取り組んでいます。そのほんの一部を、TABlogでも発信していきます。