公開日:2016年3月16日

静寂に誘うモノクロームのビジュアル世界 — ヴィレ・アンデション インタビュー

森羅万象にあふれたランドスケープを抽象化し、自身の内的世界へと惹き込むフィンランド人アーティスト

現在、日本初となる個展「An Introduction」を開催中のアーティスト、ヴィレ・アンデション。フィンランド・ヘルシンキを拠点に、フィンランドで最も名誉あるアート賞「ヤング・アーティスト・オブ・ザ・イヤー」を受賞するなど、ヨーロッパ各地で高い評価を受ける若手アーティストだ。

Photo: Kenji Takahashi

アンデションの作品はすべて、現実と幻想の境界を揺るがすモノクロームのビジュアルで統一され、まるでフィンランドの雪景色の中に吸い込まれたかのような、唯一無二の静寂な世界を構築している。その一方で、ドローイング、写真、絵画に至るまで、彼の扱うツールや描く対象物は多種多様で、同じ人物が生み出した作品とは思えないほどでもある。その答えのひとつは、彼の幼少期の経験に由来するという。

「幼い頃のぼくの夢は、アートコレクターになることだったんです。なぜなら、ぼくの母は美術教師で、家の書斎にはいつも大量のアートブックが置いてあったから。幼少期から何度もそれらを見返しては、ぼくだけのアートヒストリーが脳内で構築されていきました。いつか、これらの作品をすべて手中におさめたいと思っていました。」

ヴィレ・アンデション
ヴィレ・アンデション
Photo: Xin Tahara

「しかし成長するにつれて、好きなアートをコレクションする一番の近道は、自分でつくってしまうことにあると気付いたんです。ぼくの作風が多様に見えるのは、自ら欲するアートがたくさんあったからでしょうね。」

それでは、そんな彼の「アートヒストリー」はどんなピースで形成されているのだろうか。彼のインスピレーション源となってきたものを尋ねてみた。

「まず、北欧の豊かな自然観がぼくのベースにあることは間違いありません。それに、アメリカのミニマルアートや、日本がもつ数々の美しい文化にも強い影響を受けました。とくに日本には「Wabi-Sabi(侘び寂び)」の精神があり、能の文化や俳句などには、ミニマルな美しさを感じます。また、NYではじめて日本の舞踏を知ってからは、その世界にものめりこみましたね。」

日本から遠く離れたフィンランドにおいても、「Haiku(俳句)」や「Noh(能)」はポピュラーなワードになっているという。なるほど言われてみれば彼のアブストラクトなビジュアルイメージからは、一貫したミニマリズムと、あらゆる事物が彼の脳内で結晶化されたような透明な景色が垣間見える。それらはまるで、「俳句」のように限られた言葉で世界を描写する作法と相通じるアプローチだといえるだろう。彼の紡ぎ出すイメージから、圧倒的な「silence(静寂)」を感じるのもその所以かもしれない。

「そのとおり、ぼくの作品はすべて“silence”が重要なファクターとなっています。それは外側の世界ではなく、自分自身の内側に訪れる“silence”のこと。現代は非常にたくさんのものごとが起き、多くの人が毎日慌ただしく働いています。そして、無意識のうちに膨大なビジュアル情報が体内に入ってくる。」

Photo: Kenji Takahashi

「そうした現代生活においてバランスを取るためにも、ぼくの作品や展覧会では、いかに人々の体験を静かな世界へと導けるかを強く意識しています。この個展もそうですが、ホワイトキューブの中で構築する光や明るさ、空気などを慎重に調節し、ぼくの内面世界へと誘うアーキテクチャーを設計します。作品ひとつを見るだけではない、全体的な体験を演出しているんです。」

こうした緻密な演出にこだわる理由は、アンデションの若い頃の経験にも由来しているようだ。フィンランドには徴兵制があり、18歳以上すべての男性に6ヶ月から12ヶ月の兵役を課している。しかし兵役の代わりに、病院や学校などに勤務するという選択肢もある中から、彼は幸運にも劇場に勤務する機会を得たという。

「劇場の裏側を見る経験はとても刺激的でした。そこでは役者から舞台監督、照明、音響、美術にいたるまで、さまざまな職種の人々が協働し、ひとつの世界をつくりあげていた。ここで得た経験は、ぼくの作品づくりにも大きく影響しています。写真作品をつくるときなどはとくに、スタジオ内をひとつの舞台のように演出し、さまざまな職能をもつ友人たちの協力を得ています。ダンサー、映画監督、ファッションデザイナーなど、さまざまなアーティストたちと関わることで、ぼくの世界はさらに広がっていくんです。」

Photo: Kenji Takahashi

今回、念願叶って日本へ来日したというアンデションは、さらなるコラボレーションの可能性にも期待しているという。彼にとっての「旅」は、常に自分の内側を拡張するものであると言う。

「どこかの国を旅するときは、都市の“音”に耳を澄まし、そして必ずどこの都市にもある森を訪れるんです。そこからその土地がもつイメージへ創造力を広げていきます。そうした経験から生まれてくるぼくの作品は、どこかで見た景色が内面化されたものでもあるし、自分で思ってもみなかった心理状態が表れていることもあります。今回の個展を通して、日本国内で訪れてみたい場所はたくさんありますし、ぼくの作品にはじめて出会った人と、新たなつながりが生まれると嬉しいですね。」

■展覧会詳細
Ville Andersson「An introduction」
会期:2016年2月26日(金) 〜 5月20日(金)

会場:DIESEL ART GALLERY

住所:東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocoti B1F


開館時間:11:30 〜 21:00
http://www.diesel.co.jp/art/

Arina Tsukada

Arina Tsukada

フリーランス。編集・企画、ライター、司会、キュレーションなどを基軸に、領域横断型のプロジェクトに幅広く携わる。2010年、サイエンスと異分野をつなぐプロジェクト「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。2012年から、東京エレクトロン「solaé art gallery project」のアートキュレーターを務める。ASIAN CREATIVE NETWORK(ACN)メンバー。 共著に『メディア芸術アーカイブス』など、他執筆歴多数。