公開日:2016年8月25日

和田昌宏「Rμv-1/2gμvR=(8πG/c^4)Tμv」レビュー

2つのギャラリー・カフェ・滞在制作が可能なアトリエが入居した新スペースが代官山にグランドオープン

文化的な施設やセレクトショップが数多く集う東京の代官山に、このたび新しいギャラリーがオープンした。7月8日に開廊したばかりのLOKO GALLERY(ロコギャラリー)では、8月6日までそのこけら落としを飾る和田昌宏の個展「Rμv-1/2gμvR=(8πG/c^4)Tμv」が開催されている。
一般的なギャラリーとは一概にくくれない特徴をもつLOKO GALLERYは、人やカルチャーのプラットフォームになりうる可能性を秘めている。

カフェ・2つのギャラリー・レジデンススペースを有する建築

LOKO GALLERYがほかのギャラリーと一線を画すもっとも大きな特徴は、4階建ての建物全体がこのギャラリーを作るために設計され、新築されたものであることだ。
よって、空き物件をギャラリー仕様に作りかえるプロセスを踏んでおらず、建物の構造を考える段階からアートギャラリーという空間を作ることに専念されている。
天井の高いギャラリーには中2階のような作りのロフトがあり、鑑賞者は上からと下からの両方の視点で作品を鑑賞できる。また、展示をするアーティストにとっても大きな絵画作品はもちろんのこと、映像の投影や空間を複雑に扱うインスタレーションの展示アイデアを組むことができる。

私立珈琲小学校
私立珈琲小学校
Photo by Kyo Yoshida

建物の正面エントランスには、オープンテラスを備えたカフェ「私立珈琲小学校」 が併設されている。マスターでバリスタの吉田恒さんは、元小学校教諭。教員生活を経たのち池尻大橋でカフェを始め、この場所の完成とともに移転・再オープンを果たした。展示を目的としない人も気軽に訪れることができ、淹れたてのハンドドリップのコーヒーと季節の軽食を味わえる。
その奥へとつづく階段を下りた地下1階にはもうひとつのスペースがあり、現在は和田が活動の拠点とする「国立奥多摩美術館(MOAO)」の展示が同時開催されている。
2階には事務所とロフト部分の展示スペースが、3階にはレジデンススペースがある。長期滞在時の拠点として使えるように、キッチンや冷蔵庫が完備された充分な生活空間がととのっている。
建築家の加藤かおるさんとオーナーである遠藤和夫さんが中心になり設計計画をした採光豊かでユニークな造りの建物は、さながらアートの複合施設といえるだろう。

こけら落としは和田昌宏の個展「Rμv-1/2gμvR=(8πG/c^4)Tμv」

《Rμv-1/2gμvR=(8πG/c^4)Tμv》
《Rμv-1/2gμvR=(8πG/c^4)Tμv》
Installation view, Courtesy of LOKO GALLERY, Photo by Masahito Yamamoto

最初の企画展の作家に選ばれた和田は1977年生まれ。2001年に東京都昭島市の旧米軍ハウスにてオルタナティブスペース「HOMEBASE」の企画・運営を開始したのち、2004年にロンドン大学ゴールドスミスカレッジのファイン・アート科を卒業。インディペンデント・キュレーターの遠藤水城が企画した国東半島芸術祭「希望の原理」や、2014年の横浜トリエンナーレにも出品作家として参加し注目を集めている気鋭のアーティスト。
今展では新作の映像2点と、その映像内に登場する大掛かりな可動式のセットの一部、コンセプトイメージのドローイングを展示している。
タイトルの「Rμv-1/2gμvR=(8πG/c^4)Tμv」は、アインシュタインの一般相対性理論における「重力場の方程式」の数式だ。

和田は、「大きな壁に投影された映像と、ロフトに置かれたセットに映る2つの映像は連動している」と話す。
ギャラリーに入ると、吹き抜けになっている展示室の一番大きな壁に投影された映像作品がまず目に飛び込む。そこから2階にあがると、セットに映されたもうひとつの映像を鑑賞できる仕組みになっている。
実はこの2つの映像は、同じタイミングで画面が切り替わったり、あえてずらしを与えられた同期構造。また、同じ映像のカットが流れたかと思えば、まったく違う光景が映し出されるなど対照的な場面展開にもなっている。
「こちら側と向こう側の世界を表すように、2つの映像がひとつのパラレルワールドになっている。似たような世界だけれど少し違う世界。2階の方の映像はまだストーリー性があって見やすいが、壁に映された方の映像はもっとイメージ重視。イメージを追いながら、空間を体感するような場所になっている」。

《Rμv-1/2gμvR=(8πG/c^4)Tμv》
《Rμv-1/2gμvR=(8πG/c^4)Tμv》
Installation view, Courtesy of LOKO GALLERY, Photo by Masahito Yamamoto

今作は、近年和田が大きな関心を寄せている宇宙が重要なモチーフ。映像の構造に大きく関係しているパラレルワールドとは、ある宇宙と同一の次元を持つ世界のこと。ひとつの世界と並行して存在する別の世界のことを指し、並行宇宙とも呼ばれる。
また、展示タイトルになっている「重力場の方程式」は宇宙に関する方程式で、時空のゆがみとも言える万有引力・重力場を記述でき、中性子星やブラックホールなどの高密度・大質量天体や、宇宙全体の幾何学などを扱えるとされている。
映像のモチーフとして反映されている「燃えながら転がっていく球体」、「個室ビデオ」、「マクロな宇宙的視点から観たミクロな個」はそれぞれ断片的なキーワードだが、パラレルワールドや宇宙における重力、そこから生まれるゆがみと照らし合わせることによってその関係性が見えてくる。

「1階で映像を見たあと2階にあがると、上から俯瞰することによってイメージが重なり、全体像が現れてくるような空間作りをしている」と語る通り、展示空間の構造全体からパラレルワールドが意識されている。
「1階は平面、2階はスリーディメンションになっていて、上に昇ると空間が歪んでいくようにセットのレールも螺旋状によじれている。映像に流れる音楽は宇宙をイメージしており、奥多摩のスタジオメンバーたちの力を借りて録音した」。
違う世界に飛んでいくようなサイケデリックなリズムを刻む音楽は、コンセプトドローイングに描かれる波長とどこか似ており、その重低音に身をゆだねると身体の引力による重さと、それに反動する浮遊感を感じることができる。

地下のスペースには国立奥多摩美術館が出現

国立奥多摩美術館のメンバー
国立奥多摩美術館のメンバー
LOKO GALLERYオープニングレセプションにて, Photo by Xin Tahara

和田が制作の拠点とする国立奥多摩美術館は、正規の美術館ではなく東京・青梅市にある共同アトリエの名称。山のハイキングコースの途中にあり小川にせり出すこのアトリエは2012年に開館、初代館長にアーティストの佐塚真啓が就任。和田の映像に登場する、40mのレールの上を燃える地球儀が転がる大がかりな可動式のセットはこちらで制作・撮影された。そこから分かる通り、アトリエとしては充分すぎるほどの広大なスペースを有している。

LOKO GALLERYの地下1階には、国立奥多摩美術館で8月半ばから開催する展覧会「森の叫び」の宣伝や和田の作品撮影時のメイキング映像、オブジェやポスターが混沌とした、カオティックな空間が広がっている。
「森の叫び」では、大きなアトリエ全体が映画館になるという。常設上映作家として和田のほか小鷹拓郎、山本篤が作品を上映。さらにゲストも予定されており、篠田太郎、吉増剛造、ドキドキクラブ、川田淳、COBRA、柴田祐輔、地主麻衣子、高田冬彦、大木裕之その他大勢のアーティストが参加。全作家によるトークも開催する。

館長の佐塚は、「アーティストたちが作る映像と映画との間に、棲み分けではないけれど距離があるのはなんなんだろうと思っている。だけどそこが面白いし、果たして映画になりうるのか、ということを実験的にやってみたい」と話す。
かつて製材所だったアトリエを映画館に変えるとあって、入館料1000円のチケット制で運営。当日券のほか、本展会期中はLOKO GALLERYで事前購入もできる。チケットは紙ではなく、赤味がかった鉄製の四角いパイプで重たい。当日は工具を使ったチケットのもぎりも予定されているという。
「いろいろな人たちが出入りすることで、既存のものに定義されない場所を創りたい」と語る佐塚。和田がオルタナティブスペースを運営したり、展示空間そのものを重要としているところと通じるものがある。また、人々が行き交うLOKO GALLERYとの接点も見いだせる。

佐塚真啓によるチケットをもぎるパフォーマンス
佐塚真啓によるチケットをもぎるパフォーマンス
Photo by Xin Tahara

次回展は8/11から「ダンダンダン。タンタンタン。 近藤恵介・古川日出男」を予定

LOKO GALLERYの次回展として、8月11日(木・祝)から「ダンダンダン。タンタンタン。近藤恵介・古川日出男」の二人展が開催される。
なお初日の16時30分からは、近藤と古川による公開制作イベント「今、生まれる譚」が行なわれる。また年内中に荒木由香里、宮崎啓太、戸張花、森夕香といった新進気鋭のアーティストの個展やグループ展が予定されており、今後も目が離せない。

「LOKO」はエスペラント語で「場所」の意味。新時代を担うアーティストたちの活躍の場、そして美術を介した自由なコミュニケーションの場を育んでいくことを目指しているという。
国際共通語であるエスペラント語は、生まれてからまだ130年と間もない。人工的に作られたこの中立の言語は、土地にとらわれず各国の人々をつなげる役割を果たしてきた。既存の枠にとらわれない新しい場所で人が行き交い生まれる可能性が、LOKO GALLERY、ひいては和田の作品の構造や国立奥多摩美術館の活動のなかに見られる日がくるのかもしれない。

■展覧会詳細
和田昌宏「Rμv-1/2gμvR=(8πG/c^4)Tμv」
会期:2016年7月8日(金) 〜 8月6日(土)
会場:LOKO GALLERY
住所:渋谷区鶯谷町12-6
開廊時間:火〜土曜日 11:00〜20:00 *オープン時間延長中
休廊日:日・月・祝日
http://lokogallery.com/

Kyo Yoshida

Kyo Yoshida

東京都生まれ。2016年より出版社やアートメディアでライター/編集として活動。