公開日:2016年11月29日

野内俊輔「Anonymous Paintings」インタビュー

インターネットオークションで落札した「作者不明の絵画」に塗装して作品を制作

1988年生まれの野内俊輔は、インターネットで落札した見ず知らずの画家が描いた古い絵の上に塗装を重ね、それを暴力的に引きはがすことによって新しい絵画を制作した。今夏7月2日から8月6日まで、東京・清澄白河のHARMAS GALLERYにて開催された野内の初個展「Anonymous Paintings」では、さらに木製パネルにクリア塗装を施した別シリーズの作品と合わせて発表し、今あらためて絵画を問い直した。

10月20日から23日までの間、青山通りと表参道を結ぶ青参道を中心に行われる「青参道アートフェア」の出品作家にも選出された野内に、今回の作品や制作についての話を聞いた。

「作者不明の絵画」を支持体にする

キャンバスに張られた麻布にのった絵の具が激しく剥がれ落ちている絵画。輪郭線や色面がかろうじて残っている箇所もあるが、内容が判別できないほど崩れている箇所もある。よく見ると、絵画の側面付近に剥がれ残った部分は真新しく鮮やかな色をしていることに気がつく。これは野内の制作方法に由来する。《Anonymous painting》の制作はまず、古い絵画を入手するところから始まる。

《Anonymous painting (rose)》
《Anonymous painting (rose)》
2016, Installation view, All photo by Kyo Yoshida

「インターネットオークションで『作者不明の絵画』をキーワード検索すると、該当する絵が何百点と出てくるので定期的にそれを落札します。作品が届いたらすぐに下地を塗り、その上から車の塗装などに使われるウレタン塗料を塗り重ねます。塗装と乾燥の行程を繰り返すのですが、特に乾燥に時間を割かないといけません。しっかり乾燥させることで古い絵画の層に新しいウレタン塗料の層が浸透し、一枚のレイヤーとしての密着度を高めることができます。乾燥を充分に行わないと、最後に塗膜を引き剥がすときに古い絵画を同時に剥がすことはできません。
例えばこの展覧会のメインイメージに使われた花の作品は、制作に取りかかってから完成するまでに半年以上かかりました。元の絵の上に下地、蛍光ピンク、水色、最後に濃い紫のウレタン塗料4層を重ねています。充分に塗料が乾燥すると非常に硬質な塗膜を形成するので、支持体である麻布との間にできたわずかな隙間から塗膜と描画面を手で引き剥がします。そうすることで、麻布、下描きの層、上塗りの描画面、僕が塗った新しい何層かがレイヤーとなって露出した一枚の絵画が生まれます」。

《Anonymous Paintings》
《Anonymous Paintings》
2016, HARMAS GALLERY, Installation view

制作に必要な作者不明の絵画を入手する際に気を付けていることがあるという。

「古い絵画を購入するときは側面、裏面の写真が公開されているものを買います。初めてインターネットオークションで絵画を2〜3枚購入したとき支持体の側面、裏面が真新しく明らかに新品とわかる絵が届いたことがありました。つまり偽装、嘘をつかれていたんですね。実はインターネットのそういった不確かさに前々から興味があり、それで絵画を購入していた節がありました。意図的に選択された情報のみ知らされることと絵画の表層とがリンクする気がしました」。

情報の一側面しか見えないインターネット特有の性質と、落札した作品の表面を塗装し個性を隠蔽していく野内の作業との関連性がかいま見える。

《Anonymous painting (beach)》
《Anonymous painting (beach)》
2016, Installation view

塗装の無名性と絵画との関係性

「Anonymous」の意味には作者不明の、特徴のないといった塗装に関わる重要なキーワードが含まれている。
「塗装は無名のものだと思っています。誰がやったかということには言及されません。例えば建物の外壁や看板の塗装だって、ある種の絵画といえる可能性があります。不確かな情報の中では、一体誰がその作者なのか分からない。それは身の回りのあらゆることや美術作品にも当てはまることだと思います」と、塗装の匿名性に対する考えを持つ。
マルセル・デュシャン以降のレディ・メイドやスタッフを雇い工房で大量生産された作品も、ひとたびサインが入ることで特定のアーティストによる作品だという証明がなされる。野内の塗装の無名性はそういったことにも言及していると捉えることができる。

野内の過去作には年代物のタンスを斧で破壊し、それを工業製品のセロテープを使って仮設的に貼り合わせて再構成した作品がある。また、古材の上から蛍光塗料で塗装を重ね表面の傷や痕跡を覆い隠す作品など、破壊と修復のはざまを行き来する技法を取り入れている。

「痕跡はそれまで経過してきた時間を表出させるもの。そこに蛍光塗料を塗り重ね研磨すると、痕跡が色の層として表れます。塗装とは何かという問いを考えたとき、暴力的に時間の経過を平滑にするものではないかと思い至りました。過去作には立体作品もありますが、絵画を制作をしているというスタンスは今も変わっていません」。

《Anonymous painting (beach)》
《Anonymous painting (beach)》
部分, 2016, Installation view

「白いゆり」というタイトルなのに逆さまの女性像の絵

《Anonymous painting (beach)》には、どう見てもビーチではなく山間の風景が描かれている。
というのも、「Anonymous painting」のあとのカッコ書きの中には購入時に絵画につけられていた出品タイトルがつく。古い絵の下書きが塗装を引き剥がした際にあらわになったとき、まれに表面に描かれていた絵と矛盾していることがあるという。

「最終的な姿は全然予測できません。麻布か下絵がでてくるのだろうと予想していましたが、いざ剥がしたら全く違う絵が出てくることがあるんです。そういうものと遭遇するのがとても面白い」。

《Anonymous painting (white lily)》に使われた作者不明の絵画には、もともと3本の白いゆりの花が描かれていた。個展が始まる3日前に塗装を剥がしたところ逆さまになった女性像が現れ、急遽出品に至った経緯がある。作品の裏側には野内のサインとは別に、見知らぬ作者のサインも入っている。

「おそらく最初に女性を描いていて、つぶしてキャンバスを逆さにし、白いゆりの花の絵を描き直して最後にサインをしたという流れではないでしょうか。作者不明の絵画を落札しましたが、このサインの方が作者なのでしょうね」。

モチーフが変わればもちろん使われる色も変わる。白いゆりの絵の下には赤色を多用した女性像が描かれており、野内の塗装したビビッドな赤色と偶然同調した。

「塗装には結構違う色を選んでいるはずなのですが、下絵の赤色なんて見えるはずもないので驚きました。古い絵の素材と新しい塗料の関係があり、剥がすときの形状も含めて自分でも最後まで完成像が予測できません」。

《Anonymous painting (white lily)》
《Anonymous painting (white lily)》
2016, Installation view

隠蔽するはずの塗装によって見えてくるもの

市販の木製パネルに塗装した《Clear coat》は、クリアのウレタン塗料が透明シールのように薄く重なっている。絵画の支持体として頻繁に扱われる木製パネルの木目模様があらわになった作品だ。最小限の塗装を重ねるならばと考えた末に透明層を選択した。

「木製パネルは絵画の支持体として下地を塗られたり上から布を貼られたり、木目は普段ないものとして扱われます。当たり前の支持体として均一に処理されますが、縦横の流れや節にそれぞれ個性があり唯一無二のものです。木目の痕跡を残しつつ、クリア塗装を重ねることによって僕にとっての絵画をシンプルに表現できると思いました」。

あえて塗り残された四辺からは透明層の厚みが視認できる。また、塗装された部分と木製パネル本来の部分との色や質感の微妙な差異が際立つ。

「薄く見えますが、クリアのレイヤーが10層程重なっています。乾燥時間がかかる《Anonymous painting》と違い、こちらは修行のように一週間程ずっと磨き続けるので作業時間がかかります」。

《Anonymous painting》と《Clear coat》の2つのシリーズを並べたとき、塗装という技法は通じながらも破壊と修復の対極に位置するそれぞれの作品の個性が立ち上がって見えてくる。

《Clear coat (F0)》
《Clear coat (F0)》
2016, Installation view

蛍光色は「視覚と物の特徴をリセットする物質」

現在野内が助手を務める東京造形大学内にあるアトリエには、多くの画材や制作に必要な道具が揃っている。特に目を引くのが塗料や下地材の種類の多さだ。

「重ねる塗装の色は剥離を行った際に露出するであろう麻布の色で選んだり、剥離後の姿を予測し俯瞰したときに一枚の絵に見えるように調色しています。特に好きな色は寒色。青い色は人を冷静にさせると聞いたことがあるからです。水色を基調にすることが多くサファイアブルーをよく作ります。赤い色は僕にとって強すぎるので、オレンジやピンクっぽい色味のものを使います」。

また蛍光色について「鮮やかな蛍光色は僕の中では色として捉えておらず、物の特徴を無効化する物質に近い。暴力的な側面があるけれど気持ちがいいし、視覚を一回ポンっとリセットしてくれる気がします。古い素材と真新しい色との対比も生む」と、多用する理由について述べる。

今後の制作に使う予定の古い家具や作者不明の絵画もストックしてある。
「傷ひとつで物語がそこにあることを想像できる。自分と物との関係性が生まれてそれがどういった作用を生むのか、鑑賞者の中で生きてくると面白いと思っています」。

《Coating film》
《Coating film》
2016, Installation view

美術館の学芸インターンの経験から作家の思いを新たに

塗装の技法を使い破壊と修復を織り交ぜながら絵画制作をする野内だが、意外にも最初は具象的な絵画を制作していたという。

「大学に入った当初は自画像、学部2年の頃までは人の顔を画面の中で壊しながら絵を描いていました。ただ自分の個性が発揮できてないと感じていたし、自分が絵を描くことを正当化するための作品のような気がしていました。言い訳のような作品説明しかできず、もっと絵を語るための表現があるはずだと思っていました」と言う野内は、とうとう院生2年のときに丸1年間制作を完全にストップさせ、東京都現代美術館での学芸インターンを始めた。

「展覧会がどう作られるのかに触れたかったのですが、そこである出来事が起こりました。グループ展の参加作家の1人が、展覧会1週間前の段階で一気にプランを変えてきたんです。当時のインターン、美術館スタッフは翻弄され大変そうでしたが、ここまで大きな規模の場所や資金や人を1人の作家の表現の自由で翻弄する姿はとてもかっこよかった。これは作家になった方がいいと思い直し、卒業直前の11月にやっと制作に復帰しました」。

その直後に野内が制作に着手したものこそ、今の作品の原型になった斧でタンスを破壊しセロテープで修復する作品だった。そこから制作の中で実際に破壊と修復をする行為が始まった。
「平面に即したメディアや道具を使ってしかものを壊してはいけないと思っていたのが、一気に空間に広がっていった」と語る通り、作品に対する考え方が良い意味でリセットされた。

今後は剥離の技法を取り入れた制作アイデアを試してみたいと言う。

「僕が好きな作家は、観衆を驚かせることができる誰もが予想だにしないひらめきを実行できる人。既存のルールを転覆させることができる人と言い換えてもいいかもしれません。自分もそういう人達に驚かされて感動してきました。そういう作家になっていきたい」。

東京造形大学内にある野内のアトリエ
東京造形大学内にある野内のアトリエ

「青参道アートフェア」にて展示予定

野内は今週10月20日(木)から23日(日)まで、青山通りと表参道を結ぶ青参道を中心に行われる「青参道アートフェア」に参加する。革製品を取り扱う店舗「GANZO」にて「Anonymous Paintings」で発表した作品から数点と、GANZOのレザープロダクトとコラボした新作を発表予定。使い込むことで経年変化するレザーと野内の作品との組み合わせを見られる。

破壊と修復から思いがけない遭遇をし、そこからストーリーを思いめぐらせる絵画を制作する野内。その物が携えている時間や付いた傷を塗装で隠蔽することによって逆説的に拾い上げ一枚の絵画に仕立てる行為は、新たな変化が起こす衝撃を受け止めきる覚悟から生まれる。 
 
■展覧会詳細
野内俊輔「Anonymous Paintings」
会期:2016年7月2日(土)〜8月6日(土)
会場:HARMAS GALLERY
住所:〒135-0024 東京都江東区清澄2-4-7
開廊時間:金・土・日曜日 12:00〜19:00
http://harmas.fabre-design.com/
 
「青参道アートフェア」
会期:2016年10月20日(木)〜10月23日(日)
対象エリア・会場:青参道一帯の店舗他、青山、表参道、原宿など約40店舗
時間:参加店舗の営業時間に準ずる
オープニングパーティー:10月20日(木) 18:00〜21:00
入場料:無料
主催:アッシュ・ペー・フランス株式会社
企画:青参道アートフェア実行委員会
http://hpgrpgallery.com/aosandoartfair
 
野内俊輔 ウェブサイト
http://shunsukenouchi.com/

Kyo Yoshida

Kyo Yoshida

東京都生まれ。2016年より出版社やアートメディアでライター/編集として活動。