公開日:2019年3月19日

トーマス・ドイル インタビュー。大惨事の中に美しさを見出す

渋谷・DIESEL ART GALLERYで日本初個展を開催。絶妙な瞬間を切り取ったミニチュア作品群!

相次ぐ地震に自然災害、世界各地で勃発するテロ、戦争……。暗いニュースが飛び交う現代では、「ありふれた日常が、あるとき突然覆される」ということも身近に起こりうる。

ニューヨーク在住の彫刻家・トーマス・ドイルのミニチュア彫刻作品には、そうした不穏な時代の「疑いようのない不安感」が、ユーモラスに表現されている。渋谷のDIESEL ART GALLERYにて、日本初個展を開催している彼に話を聞いた。

絶妙な瞬間を切り取ったミニチュア作品

「”次の瞬間何かが起こる”という、決定的な場面を表すために神経を使います」
とトーマス・ドイル。

天地がひっくり返ってしまったり、絶壁に追いやられたり、水浸しになったり、瓦礫の山となったり……。ドイルは「家」や「家族」といったモチーフをもとに、自然災害や、天変地異を想起させるようなミニチュア彫刻を制作する。

トーマス・ドイル。日本初個展「HOLD YOUR FIRE」は、DIESEL ART GALLERYにて2019年2月13日まで
トーマス・ドイル。日本初個展「HOLD YOUR FIRE」は、DIESEL ART GALLERYにて2019年2月13日まで
Photo: Xin Tahara

彼が作った精巧なジオラマ世界を俯瞰すると、あらゆるドラマが見えてくる。どんな流れでこのような状況になったのか、このあとどんな展開が待ち受けているのか。物語が重なりあう作品を前に、想像力が掻き立てられる。

展覧会のメインビジュアルに使用されている彫刻作品《Mire》は高さ2メートルにも及ぶミニチュア彫刻の大作である。いったい何が原因で地面に凹みができたのだろうか? 宙に浮かぶ家には、どんな力が働いているのか? 呆然と立ち尽くす男性と、現場に駆け寄る女性は、家の持ち主だろうか? 作品を見ていると、様々な疑問が沸き起こるが、《Mire(ぬかるみ)》という作品タイトルも、この状況を説明しない。

《Mire》 2013年

まるで映画の一場面のようだが、決定的に異なるのは、映画が多くのカットや時間の流れを含むのに対し、これが原則として動かない彫刻作品であるという点である。映画が時間をかけて物語る様々な出来事を、たった一瞬の場面で物語る、迫力があるのだ。

《Mire》 部分

文脈から切り離された「言葉」たち

本展のタイトル「HOLD YOUR FIRE」には、「打つ(発砲する)のをやめろ」と兵隊に指示する時の慣用句と、文字通り「自分の中にある炎を留めよ」という、二つの意味が含まれている。

タイトルや作品の中に書かれた「言葉」も、ドイルの作品を構成する重要な要素である。

《Light no Fires》 2018年 Photo: Kengo Tsutsumi

「Light no Fires」「Strike Anywhere」「I think we are alone」などといった言葉が書かれたプラカードを持ったフィギュアたち。この作品についてドイルはこう語る。「一度文脈から取り出したら、わけがわからなくなってしまうような言葉に魅力を感じます。言葉を主張するためのプラカードに、そういう”わけのわからない”言葉を書いてみたらおもしろいと考えました」。

《Light no Fires》 2018年 Photo: Kengo Tsutsumi

彼には、行く先々で気になる言葉があったらメモするという習慣があり、そうした言葉を集めたのがこの作品だ。例えばOSのカレンダーの通知を消す時に表示される『Delete & Don’t Notify(削除し、もう通知しない)』のような、日常の中で見かける、なんでもない一文が抜き出され、意味を持たない異質な言葉として掲げられている。何かを訴える姿勢をとるフィギュアと、意味も持たない言葉という、矛盾を孕んでいる作品なのだ。

《Girl #5》 2011年

写真から彫刻の新たな表情が浮かび上がる

本展では、自作のフィギュアたちをドイル自身が写真に収めた作品も展示されている。拡大されたフィギュアの顔は、表情が描かれていないにもかかわらず、憂いを秘めたように見えるから不思議だ。「フィギュアたちの顔はピン先のような小ささ。だからディティールは、僕自身も写真に撮ってみないとわからない」とドイル。フィギュアは市販のものを切断・接合し、彩色がなされるのだが、出来栄えを確認するために撮影をすることもあるそうだ。

フィギュアだけではなく、作品の全体像、または一部を収めた写真もある。本人にとってそれは、記録写真とのことだが、ある部分にフォーカスされた写真は、作品の新たな一面を見せてくれる。「撮影の時に意識しているのは、まずは、フィギュアたちの目線で、どんな風に見えているのかということ。俯瞰で見ている人間からは、フィギュアからは見ることができない角度からも見ることができるので、そのギャップも楽しんで欲しい」。

Photo: Kengo Tsutsumi

大惨事の中から美しさを見つけ出す

ミニチュア作品を作るということは、根気のいる作業だが、ドイルは子どもの頃から行っていたそうだ。大学時代は版画を学ぶが、その後またジオラマ作りに没頭するようになる。

「子どもの頃、白い粘土とブルーの粘土を合わせた雪の上に、ペンギンを乗せて、小さなジオラマを作りました。思えば子どもの頃から、フィギュアよりもフィギュアが存在する環境に興味があったようです。その時も、『ペンギンが生きる環境を作ったぞ』ということにワクワクしたことを覚えています。大人になってからもやっていることは同じですが、子ども時代にできなかったようなクオリティで作れるようになったのは嬉しいことです」。

不穏な空気感、不安感が漂う作風もすでに幼少期の作品から確立していたという。「9.11と関係があるのかと聞かれたけれど、そんなつもりはないのです。ただ、今のアメリカが、9.11などの影響で、常に不安感に覆われているという事実は影響していると思います」。

日本も震災や津波等、災害が絶えない国である。一方で、止まることなく都市開発が進む状況を憂う人も少なくない。そんな、未来が見えない状況を、どう捉えるべきか? 大惨事を俯瞰し、そのなかから一筋の美しさを見出す本展は、今の日本で観るのに、ふさわしい展示と言えるだろう。

■展覧会概要
タイトル:「HOLD YOUR FIRE」
アーティスト:THOMAS DOYLE
会期:2018年11月23日(金)〜2019年2月13日(水)
会場:DIESEL ART GALLERY(DIESEL SHIBUYA内)
住所:東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocoti B1F
電話番号:03-6427-5955
開館時間:11:30 〜 21:00
休館日:不定休
ウェブサイト:https://www.diesel.co.jp/art/thomas_doyle/

(取材・文:木薮 愛 Ai Kiyabu)

Ai Kiyabu

エディター&ライター。『美術手帖』の編集者を経て、京都でフリーランスに。京都を中心に、各地のカルチャーイベントやグルメスポットを取材。アートフェスティバルの広報もつとめる。