公開日:2020年9月2日

SNSで大きな反響:太田記念美術館の日野原健司に聞く、浮世絵の魅力と面白さ

太田記念美術館のSNS運用をメインで担当する主席学芸員・日野原健司にインタビュー

「江戸時代、すでにカットスイカはあったようです。染付の大きなお皿に、カットされたスイカが山のように積まれていて美味しそうです。ちゃんと楊枝も刺さっています」。この、歌川国貞(三代歌川豊国)の浮世絵《十二月ノ内 水無月 土用干》安政元年(1854)に描かれたスイカについてのTwitterの投稿が3万5000いいね(8月末時点)という大きな反響を呼んでいる、太田記念美術館

原宿駅より徒歩5分の場所に位置する太田記念美術館とは、東京都では唯一の浮世絵専門の私設美術館。かつて東邦生命保険相互会社の社長を務めていた五代太田清藏(1893~1977)が蒐集した浮世絵コレクションを広く公開するため、1980年に設立された。

同美術館は2012年にTwitterアカウントを開設し、フォロワーは約14万人(8月末時点)。これは国立新美術館の約26万人、森美術館の19万人、東京都美術館の18万人などに次ぐフォロー数であり、1ツイートあたりの反響も大きい。

また、3月4日には、コロナ禍でも浮世絵を楽しむためにTwitterで「#おうちで浮世絵」キャンペーンを開始、8月にはnoteをスタートするなど時勢にいち早く対応したウェブ上の動きは日本の美術館の中でも随一と言える。

太田記念美術館のSNS運用をメインで担当する主席学芸員の日野原健司に、普段の仕事、SNS運用のポリシー、浮世絵への思いを聞いた。

太田記念美術館

多くの人に浮世絵の面白さを知ってほしい

──太田記念美術館のTwitterの浮世絵投稿を通して江戸時代の暮らしや風俗に関する発見があり、毎回楽しみです。最近はnoteも開始されましたね。日野原さんは学芸員のお仕事とSNS運用の兼務ということですが、普段は具体的にどのような仕事をされているのでしょうか?

日野原健司:当館には、私を含めて3人の学芸員がいます。仕事内容としては他のミュージアムと同じく、展覧会の準備と展示、作品の収集と保存、教育普及がメインです。当館は光に弱い浮世絵を専門にしているため、退色を避けるため多館よりも頻繁に展示替えを行なっています。そのため、展示準備の割合が仕事の中では一番大きいですね。学芸員が順次交代しながら展覧会の構成を考えています。

──Twitterの運用も3名で行なっているのでしょうか?

日野原:はい。主に私で、展覧会関連のツイートは企画担当の学芸員が行なっています。「#おうちで浮世絵」は、ほぼ私が一人で書いています。Twitter運用というと広報担当の仕事のイメージがあるかもしれませんが、当館は広報の人数も告知するイベントも少ないので、定期的な発信が難しいんですね。そのため、所蔵品や展示作品についての見どころをツイートする方法を選びました。所蔵品については広報担当より学芸員のほうがその内容を把握しているため、学芸員が担当することになりました。

ツイートの内容は当館の所蔵品がメインなので権利関係の手続きを気にしなくて良いというメリットがありますが、当初は画像コピーの危険性を指摘されることが多かったです。ですが、多くの人に作品を知ってもらう機会のほうを大切にしたいなと思い続けてきました。

──最近の投稿は、スイカの浮世絵が過去最多「いいね」を記録していましたが、個人的には歌川広重の亀の絵のエピソードが印象的でした。あのようなユニークなエピソードは日野原さんの記憶の中にストックされているのでしょうか?

日野原:基本的にはそうですね。時事のトピックや記念日、その時々の天候などに関連した浮世絵を思い出しながら、美術館の画像データベースから探し出しています。亀の絵はたしか、その日が亀の日(5月23日)の前日だったんです。それで、絵を紹介するときに「亀がかわいいですね」っていうのが1つ目のポイントで、「なぜそこに亀がいるのか」という内容を知ってほしいのが2つ目のポイントです。つまり、大喜利的なユーモアを披露したいわけではなく、鑑賞ポイントや、絵に隠された文化的・歴史的出来事、江戸の情報を一緒に紹介していきたいと考えています。「東南アジアでは今でもこの風習があります」というようなコメントもきていて、自分も知らない外国の情報を知る楽しさもあります。

──例えば、今私は日野原さんにインタビューをしていますが、インタビューのエピソードに紐づく浮世絵作品はありますか?

日野原:うーん、それはなかなか難しいですね(笑)。普段、現代の事柄と絵の内容とを強引に結びつけるようなことはしないよう気をつけています。学術的な文脈に結び付け、ネタ化しない。そして、現在の状況とリンクし、絵に関する変な解釈が広がらないようにつねに注意しています。

日野原健司 Photo: Xin Tahara

“怒り”をポジティブに変換する

──コロナ禍をきっかけとしたソーシャルキャンペーン「#おうちで浮世絵」を始めた経緯を教えてください。コロナ禍に対応した動きとしては国内最速とも言える2月28日からスタートしていましたね。

日野原:じつは、緊急事態宣言が発令される前の2月下旬くらいから都内の美術館が徐々に閉まり始めたのですが、正直私としては、美術館におけるクラスター発生の可能性は低く、過剰反応なのではないかという気持ちがありました。ですが、他館と同様に当館も閉館の運びとなり、当時は私担当の展覧会をしていたものですから、それが急に終了することは仕方なさより反発の感覚が強かったんですね。それは、どこの学芸員さんも同じ気持ちだったと思います。

一方で、「#おうちで浮世絵」を始めようと思ったきっかけのひとつには、すでにTwitterで話題となっていたハッシュタグ「#学芸員のお仕事」がありました。これは、2017年に地方創生相の山本幸三大臣(当時)が発言した「学芸員は“がん”」への反発をきっかけに生まれたハッシュタグでした。

──大臣の発言意図としては、学芸員は作品保護を重要視するゆえに作品の鑑賞機会損失を招き、観光との相性が悪いというといようなものでしたね。

日野原:そうです。「#学芸員のお仕事」は、世間一般に学芸員の仕事の内容が知られていないことがそうした誤解を招いているという考えのもと生まれたハッシュタグで、私も「#学芸員のお仕事」を使っていくつかツイートをしました。怒りをポジティブに変換し、さまざまなミュージアムが連動したこの経験は思い出深く、「#おうちで浮世絵」へとつながりました。展覧会ができない・見ることのできない状況は誰が悪いということではなく、逆にそうした状況下にSNSで作品を見るということはポジティブな良い動きになるのではないかと、スピード勝負の早めの決断でした。

──太田記念美術館に続くかたちで、藤沢市藤澤浮世絵館、すみだ北斎美術館なども「#おうちで浮世絵」で作品を紹介していました。

日野原:はい。ハッシュタグをきっかけに、3月にはテレビ局の取材がありました。展示が中止になった展覧会を取材されたのは初めてだったので貴重でしたね(笑)

──さきほど、コロナ禍で美術館を閉じることの怒りを話されていましたが、美術界の人々を中心に多くの人がコロナ以降の美術館のあり方を考えた数ヶ月だったと思います。日野原さん自身は、コロナ時代の美術館についてどう思われますか?

日野原:当館について話すと、まずは、外国人観光客の問題があります。当館の場合、これまでの来館者は年間約15%が外国人観光客なので、約15%の入場料収入がなくなる可能性があります。

一番ネックなのは、来館者の入場制限です。今、多くの美術館は展示室の混雑緩和のためチケットの事前予約制を導入していますが、年配のかたにオンラインチケットのハードルは高いのではないかと思います。そうなると、「美術館は不要不急だから行かなくていい」など、美術館離れが起きてしまうかもしれない。当館も事前予約制を導入したいですが、導入予算や高齢者の多い来館者層との相性、そして事務的なオペレーションをどうするかの悩みがあります。

他館の状況も含めた美術館全体としては、外国からの美術作品借用が難しいこと、ブロックバスター展を開催できないこと、入場料値上げの可能性など、いろいろな問題がありますね。でも、今後の状況は正直誰にもわからないのではないでしょうか。

10月4日まで開催中の「月岡芳年 血と妖艶」展示風景 写真提供:太田記念美術館

知識がなくても楽しめる浮世絵

──太田記念美術館の浮世絵コレクション約1万4000点は、五代太田清藏が収集したものだそうですが、氏がコレクションを始めたきっかけのひとつには、多くの浮世絵が欧米へ流出したことがあったそうですね。ではそもそも、日野原さんがTwitterやnoteを運用するに至った大きな動機はどこにあるのでしょうか?

日野原:大前提として、みなさんに当館の知られざる面白い浮世絵コレクションと魅力を知ってほしいという思いがあります。それは、展覧会PRなどよりも先にある考えですね。

また、浮世絵はSNSに向いている作品ジャンルだと思いました。まずは、デジタルとの相性が良いはっきりとした線や色のメリハリ。そして、なんと言ってもそのテーマの幅の広さ。現代のどの時事ネタに組み合わせられるほど画題が幅広いのでSNSには向いているんですよね。浮世絵は当時の大衆が楽しんだものですので、知識がなくても楽しめる間口の広さがあります。

──日野原さんご自身は、浮世絵の魅力はどこにあると思いますか?

日野原:時代を超えて現代とつながる事象が多いことでしょうか。それは、浮世絵自体が江戸時代の庶民の日常をベースにしているからですが、私たちの状況によって、今までと違った絵の見方が出てくるという点などが面白いです。

例えば、中国の民間伝承の神様を描いた歌川芳虎の《鍾馗》(しょうき)は、これまで当館では端午の節句に合わせてときどき紹介する程度でしたが、コロナ禍では「アマビエ」のように、魔除けやパンデミック収束祈願として人気を博しています。

歌川芳虎《鍾馗》 太田記念美術館蔵

──《鍾馗》は、7月に行われた「太田記念美術館コレクション展」でも紹介されていましたね。

日野原:はい、7月の「太田記念美術館コレクション展」は、Twitter反響の大きかった作品を中心に構成しました。展覧会全体の意見は来館者アンケートで知ることがありますが、個々の作品の感想を聞くことは難しい。ところがSNSでは、反響の大きさを通して意外な人気を知ることや、作品の新しい見方に気づくこともあります。

──SNSの反応を展覧会にフィードバックしたものが「太田記念美術館コレクション展」だったんですね。最後に、10月4日まで開催中の「月岡芳年 血と妖艶」の見どころについて教えてください。

日野原:月岡芳年は歌舞伎や講談での惨殺場面を描くことを得意としていました。そのおどろおどろしい表現は、「血みどろ絵」や「無惨絵」と呼ばれ、江戸川乱歩や三島由紀夫など、後の著名人たちからも注目されました。見るかたを選ぶとは思いますが、そのようなちょっと怖い描写にご興味があるかたは、まとまって鑑賞することができる貴重な機会ですので、ぜひご覧ください。ただし、心臓の弱いかたはご注意かもしれません。

日野原健司。太田記念美術館館内にて Photo: Xin Tahara

日野原健司
1974年千葉県生まれ。太田記念美術館主席学芸員。慶應義塾大学大学院文学研究科前期博士課程修了後、太田記念美術館に勤務。慶應義塾大学の非常勤講師も務める。

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

Editor in Chief