パワーエックスにて、SAI《調整力》
岡山県玉野市でものづくりに関わる地元企業の工場を会場にした“産業芸術”を巡る新たなアートイベント「瀬戸内産業芸術祭~Setouchi Art & Industry~」が、2026年の本開催に向けて動き出している。
本開催に先駆け、メディアや関係者向けのモニターツアーが1月29日~31日に実施され、筆者は初日に参加した。今回の参画企業は、瀬戸内の海水を食塩に加工しているナイカイ塩業、造船の街で船の心臓部であるエンジンを作り続けている宮原製作所、そして自然エネルギーを世界中に普及させるため、蓄電池を製造しているパワーエックスの3社。それぞれに設置されたアート作品を鑑賞しながら、あわせて各企業の工場を見学し、そのプロダクトや企業の理念について知ることができるという内容だ。
舞台となる岡山県玉野市にはJR宇野駅、宇野港があり、「瀬戸内国際芸術祭」の会場としてや、直島・犬島などへのフェリー乗り場としてもアートファンには馴染み深い場所。自然や文化に国内外から注目が集まるこのエリアで、またひとつ「産業」という視点からアートと結びつき、人々を呼び込む狙いだ。
本プロジェクトのコアコンセプトは「産業芸術」。造船、石材業、鉄鋼業、食文化など、瀬戸内地域に根付く多様な産業と自然豊かな景観を融合させ、工場を「産業芸術館」としてプレゼンテーションする。産業現場とアーティストが協力し、ものづくりの知恵や思想を芸術作品として表現することで、訪問者に新たな発見を促すことを目指す。国土交通省が推進するレガシー形成事業の一環であり、日本の地域産業の魅力を国内外に発信することを目的とした新たな産業観光プロジェクトとなっている。
主導する株式会社パワーエックス代表執行役社長CEOの伊藤正裕は、「企業そのものが美術館となる、分散型美術館を目指しています。工場見学ですが、ただの工場見学では面白くない。そこでアートを使って、その会社のいちばん大事な特徴を引き立てて、伝えたいと思っています」とその理念を語る。
今回最初に訪れたパワーエックスは、2021年に設立された蓄電池・エネルギーのベンチャー企業。再生可能エネルギーの普及拡大に向け、定置用蓄電システムや電気自動車(EV)の充電器などを製造・販売する。
次世代エネルギーの大量導入に不可欠となる蓄電池製品を生産する企業とあって、その理念の先進性は工場そのものにも及ぶ。設計は、金沢21世紀美術館やルーヴル・ランス(フランス)などで名高い建築家・妹島和世が手掛けた。少子高齢化が進むなか、優秀なエンジニアを雇用するためにも、従業員にとって快適な環境を提供したい。そのような思いから、周辺の自然や生態系と調和しながら、好奇心を刺激し、地域との交流を促進させる“未来の工場”が目指された。
「Power Base」(パワーベース)と呼ばれるこの工場に足を踏み入れて驚くのは、その明るさと開放感。もとは石膏ボード製造工場を全面リニューアルしたという内部は、天井や4面の窓ガラスから太陽光が差し込む。足りないぶんはLED照明を使うが、日中はそれも不要なほどの明るさだ。床も金沢21世紀美術館と同じ素材が使われ、太陽光を空間に広げている。またフル生産を行なっていてもかなり静かで、工場内のどこでも会議ができるという。冬でも寒くなく、快適な室温に保たれているのも、従業員にとっては働きやすい環境だろう。
ツアーではここで、普段は見ることができない蓄電池の内部や生産ラインを説明を受けながら見学し、最先端の技術開発やエネルギー供給について知見を深めることができる(工場内部は撮影禁止)。
そして最後に、瀬戸産業コミッティがプロデュースするアノニマス・アートユニット「SAI」によるインスタレーション作品《調整力》を鑑賞。上部に吊るされた多数のスポットライトはそれぞれが明滅しているが、床には黄色い光の面が途切れたり揺らぐことなく広がっている。スポットライトは電力発電所の比喩であり、天候など様々な理由で稼働できなくなることがあるが、それでも日本各地に途切れることなく電気が供給されるのは蓄電池が調整役となっているから。こうした蓄電池の役割を、作品で表現した。蓄電池がエネルギー供給に果たす役割について、「アートの力を借りると伝えやすい。パワーポイントでは面白みがないんです」と伊藤社長は語る。
続いて訪れた宮原製作所は、造船業で有名なここ玉野で創業100年の歴史を誇る船舶用ディーゼルエンジンの基幹部品メーカー。ピストン、排気弁などのエンジンの心臓部と言われる部品を0.01mmという非常に高い精度で製造している。
工場の目の前には海が広がり清々しい。まさにそこを行き交う船の心臓部を作っているのがこの会社だ。
ここでは東京と上海に拠点を持つデザインスタジオSYMBOL+の協力を得て制作された《呼吸する椅子》が登場。宮原製作所の技術力がアートに転用され生かされた作品で、操作するとエンジンの原理で座面部が上下する。その椅子に腰掛けながら、いかにも「現場」感のある工場の奥に広がる瀬戸内海を望むことができるのが楽しい。
さらに2階のテラスにも椅子作品があり、そこに座ると同社が製造した船のエンジン音が聞こえるサウンドインスタレーションが設置されている。船のエンジンと聞いて重厚感のある音かと思いきや、意外にも軽やかなリズムが聞こえてきた。同社の宮原浩光社長は「ここに腰掛けながら海を渡る船を見て、あの船のエンジンがここで作られているのかもしれないと想像してもらえれば」とにこやかに語る。
工場内にはほかにも作品が点在し、工場見学をしながらアートを入口に同社への理解を深めることができる。普段製造業とは縁遠い筆者にとって、重厚感と歴史を感じる工場の様子も、そこで働く人々もかっこいい。物流を担うことで我々の生活を支える船。その心臓部は、こうした企業の高い技術力とそこで働く人々の創意工夫や熱意が支えているということに改めて思い至る。
最後に訪れたのがナイカイ塩業だ。文政12(1829)年創業の歴史ある会社で、瀬戸内海の澄んだ海水から塩作りを行ってきた。昔は広大な塩田を有し、数百人を超える人手を要して生産されていたというが、戦後は技術革新が進んでその製法は大きく変わった。工業用や医療用、そしてどんな家庭にも不可欠な「塩」だが、国内の製塩メーカーはわずか4社(5工場)。同社はそのうちのひとつであり、塩田時代から膜濃縮製塩法に至る今日まで、継続して製塩業にたずさわる日本で唯一の企業だという。一般家庭向けとしては、「瀬戸のほんじお」など味の素が販売する塩はこのナイカイ塩業で作られたものだ。
今回は、工場の敷地にある体育館が展示空間になっている。暗い館内に入ると3面モニターに映された映像が。これは塩を製造する過程の後半、真空式四重効用蒸発缶のなかをモニターする映像を用いたもの。釜の中で回転しながら塩が作られていく様子だが、その音はどこか海の中を思わせる。
その奥には、アーティスト山本基が手掛けたインスタレーションが展示されている。床面に塩を用いて巨大な紋様を描いた本作には、清々しさ、神秘性が漂う。浄化や清めを喚起させる塩の、またひとつの側面を思い起こさせる。
ここから工場見学へ。海水を濾過するイオン膜を丁寧に洗う丹念な仕事をしている職人さんたちの姿や、巨大な袋がつまれた倉庫、黙々と煙をあげる煙突、専売公社時代の面影を残す建物など、興味深い姿ばかり。日常にありふれた塩だが、それがどのような場所でどのように製造されているのかこれまで気にしてこなかったという自分の浅薄さにも驚くが、新鮮な学びがたくさん得られた。
また、鮮やかな黄色のシャッターや、緑色の巨大な壁、倉庫の天窓などが非常に“映え”ていて、いつも通りのはずの工場の設備が不思議と「アート的」に見えてくるのも不思議だ。今後またこうした工場にアーティストやクリエイターが訪れたら、大いに刺激を受けるのではないだろうか。
自然と共にあるものづくりの現場に、アートを通して出会う「瀬戸内産業芸術祭」。2026年の本開催では会場となる企業数を増やす予定で進んでいるという。続報を楽しみに待ちたい。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)