現代アートのスタディ・コレクティブである「history in art」を迎え、その研究成果を紹介する展覧会を開催いたします。公に文字にされたり語られることのなかった歴史の側面に光をあて、様々な実践を通し展覧会形式にて発表いたします。
history in artはアーティストや批評家のほか、様々な形でアートに関わるメンバーによるスタディ・コレクティブです。“history in art” という名称はドイツの歴史学者アライダ・アスマン(Aleida Assmann, b.1947-)の著書『記憶のなかの歴史』に由来します。2013年にこのテキストの読書会を開催したことをきっかけに、グループの活動が始まりました。
アスマンは『記憶のなかの歴史』の中で、記憶、経験、口頭での語りなど、揺らぎやすく形に残らないものに歴史を見出そうとします。一家団欒の場において父親が激しい口調で戦争について語る時に家庭内に漂う不穏な空気、あるいは、キリストの生誕やナポレオンの遠征といった歴史の有名な一場面を歴史劇として演じる時の経験そのものなど、これまでに史料とさえ
考えられてこなかったものを歴史として捉えました。また、アスマンのみならず近年の歴史学の分野でも、歴史の記述からこぼれ落ち見過ごされてきた民衆の生活、記憶、証言などに目が向けられています。
アートにおいても、いわゆる大文字の歴史とは異なる視点から歴史を考える動きが見られます。例えば、2014年に日本で公開されたドキュメンタリー映画「アクト・オブ・キリング」では、インドネシアで1965年に起きた共産党員狩りの実行者らにカメラを向けることで、これまでにフォーカスされることが少なかった加害者の記憶を捉えました。カナダ人のアーティスト、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラーがドクメンタ13で発表した二つの作品は、サウンド・インスタレーションとオーディオ・ウォークといった音を介したかたちで、展示場所が経験した過去の追体験を観客に促し、展示場所そのものを歴史として立ち上がらせる試みでした。また、ドキュメンタリーとフィクションを織り交ぜたアピチャッポン・ウィーラセタクンの中編映画「メコン・ホテル」では、個人と共同体の幾重にも重なる記憶を幽霊役の女優が語ることで、歴史と歴史化されないものを含む過去そのものの存在を示しました。
アスマンのテキストを出発点として以来、history in artではアートの作品はもちろん様々な事象を取り上げて歴史の捉え方について多角的に考えてきました。上にあげたものはhistory in artの関心の一部ではありますが、核となっている要素でもあります。史料から過去の出来事を想像し、創造するという従来の歴史学が採ってきた方法とは異なるアプローチを参照し、経験していないものや知りえない出来事をどのように考えることができるのか、あるいは、どのように捉えれば考えやすくなるのかを模索しています。また、グループでの読書会や討議といった活動のほか、アーティストや批評家として活動するメンバーそれぞれも作品やテキストの発表、プロジェクトや展覧会の企画など、各々の活動の中で実践を重ねています。今回の展覧会では、グループ、個人の活動双方を取り上げます。
展覧会参加メンバー: 粟田大輔(批評家)、飯山由貴(アーティスト)、井上文雄(オーガナイザー)、遠藤麻衣(アーティスト、俳優)、杉田敦(批評家)、高橋夏菜(キュレーター)、湯浅千紘(アーティスト)、良知暁(アーティスト)