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[画像: 糸川ゆりえ《Lay on the grass》 油彩, アクリル, キャンバス 130.0 × 162.0 cm 2020 photo: Kei Okano]

「project N 79 糸川ゆりえ」

東京オペラシティ アートギャラリー
終了しました

アーティスト

糸川ゆりえ
*新型コロナウィルス感染症の影響により開幕が長らく延期となっておりました「project N 79 糸川ゆりえ」を、会期を変更して7月4日より開催いたします。*入場には予約が必要です。詳細は公式HPをご確認ください。

糸川ゆりえの作品はカメラマン泣かせの作品の一つといえるでしょう。糸川は、油絵具やアクリル絵具のほかに、銀色、パール、ラメ、樹脂、透明メディウムなどを多用しています。銀色やラメを施された部分の表面は光を繊細に反射し、透明メディウムを混ぜた絵具がつくり出す凹凸のある絵肌は光を複雑に透過し、その結果、彼女の作品は、ホログラムかレンチキュラーのように、照明の角度や鑑賞者の立ち位置によってその表情を微妙に変えるからです。もちろん、この千変する画面が彼女の作品をより豊かで、魅力的なものにしているのは確かです。

武蔵野美術大学大学院を修了した糸川ゆりえは、はじめトレーシングペーパーや金属板などを支持体として作品を制作していました。キャンバスを支持体にするようになったのは2015年頃で、当初から透明色や銀色などを積極的にもちいています。描かれるイメージには大きな変化はみられないので、この間の変化は、イメージのそこはかとない揺らぎを、素材や支持体の特性に頼ることなく、表現描写として追求してきた結果に間違いないでしょう。
糸川の絵には、女性、水辺、植物、舟、家、星座、ボートなど、特定の詩的モティーフが繰り返し登場します。それらの輪郭線は曖昧にぼかされ、すべてが溶け合い、浮遊し、彷徨うかのように表現されています。もっとも、乱反射する光や透過光に支配された糸川の詩的世界は牧歌的、健康的で、不安や恐怖を煽るようなものは微塵も感じられません。白じむ空に消え入りそうな明けの明星も、仄暗い湖水にぽつんと浮かぶボートも、糸川にとっての確かな現実の姿であり、茫洋とした世界のなかではっきりと実感できるものだからでしょう。

糸川ゆりえが描くイメージの源泉は、彼女が日頃書き留める手記や夢の記憶、それらを反芻した際にふと浮かんでくる情景だといいます。彼女の作品が発する詩的な性格の由来も納得できますが、イメージ(絵画)の発端に、言葉があるというのは興味深いものがあります。
「詩は絵画のように(ut pictura poesis)」とは古代ローマの詩人ホラティウスの言葉で、対象の模倣(ミメーシス)という点で類似する絵画と詩を「姉妹芸術(シスター・アーツ)」とする西洋古来の芸術観を反映するものです。古代ギリシアの詩人シモニデスの言葉とされる「絵は黙せる詩、詩はものいう絵」も同様で、「画文一如」「画文共鳴」などと訳されます。西洋文化のなかで綿々と培われてきた、「絵画は詩のように、詩は絵画のように」という絵画と詩の緊密不可分な関係性は18世紀に大きく変貌します。ドイツの詩人で思想家のレッシングによって、絵画や彫刻などの視覚芸術は「空間芸術」とされ、文学や演劇などの視覚以外の要素を含む「時間芸術」と厳然と区別されることになるのです。

一般的に画家は自分が目にしたり夢想した事象をデッサンやスケッチに描き留め、それをもとに作品を制作します。けれども、糸川は、デッサンやスケッチの代わりに、彼女が書き留めたエッセイやメモを下敷きにして制作を行っています。輪郭線が曖昧で、ときに形態把握に失敗したかのような歪な造形は、詩人が言葉を紡ぎ出すようにイメージを探り出す彼女独特の制作方法によるものでしょう。エッセイやメモからイメージを形象化する彼女の制作は、先に触れたシモニデスの言葉をもじっていえば、「ものいう絵」を「黙せる詩」に変換する営為といえます。また逆に、見方を換えれば、冒頭に述べた光の反射や透過を取り入れた表現は、「黙せる詩」にどうにかして「ものいう絵」の要素を留めようとする努力といえるかも知れません。 雑多な要素を含む現実の出来事から、不純なものを取り去り、絵画として昇華させるために、糸川はいったんそれを言語に置換します。作品は文字どおり、彼女の内なる詩と真実を視覚的に肉づけしたものにほかなりません。明確な輪郭線も色彩も彼女にとっては不要であり、それを取り除き、純化し結晶化させた先にあるもの、それこそが、彼女にとっての真実であり、制作において彼女が目指す到達点であるに違いありません。

スケジュール

2020年7月4日(土)〜2020年8月30日(日)

開館情報

時間
11:0019:00
休館日
月曜日
月曜日が祝日の場合は開館し翌火曜日休館
年末年始休館
備考
事前予約制(詳細は公式HPをご確認ください)
入場料一般 1200円、大学生・高校生 800円、中学生以下無料
展覧会URLhttps://www.operacity.jp/ag/exh233.php
会場東京オペラシティ アートギャラリー
http://www.operacity.jp/ag/
住所〒163-1403 東京都新宿区西新宿3-20-2
アクセス京王新線初台駅東口より徒歩3分、小田急小田原線参宮橋駅より徒歩11分、都営大江戸線西新宿五丁目駅A2出口より徒歩12分
電話番号050-5541-8600 (ハローダイヤル)
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