「project N 81 小瀬真由子」

東京オペラシティ アートギャラリー

poster for 「project N 81 小瀬真由子」
[画像: 小瀬真由子《蝶の会議》 岩絵具,箔,和紙 162.0×130.3 cm 2020 photo: Ken Kato]

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小瀬真由子は、人物群像を中心に日本画を制作している。日本画の技法に特有な平面性や質感などに注目し、それをあくまでニュートラルな表現メディアとして選択し、横尾忠則や粟津潔らグラフィックデザイナーの仕事をリスペクトしながら制作を進めてきた。四季の自然やそれに対する美意識といった日本画の慣習的な枠組みに囚われることなく、日本画の可能性を切り拓こうとしてきたといってよい。

小瀬は、昨年大学院のマスターを修了したばかりの若き俊英であり、学部の頃から個性を発揮して注目を集めてきた。最初に頭角を現したのは、ホームレスや工事現場の標識など、日本画らしからぬモチーフでどこか「昭和」な雰囲気を濃密に発散する作品であった[註1]。その時点ですでに、平塗りによる画面構成と、とりわけ人物をシルエットで表わす方法など、その後の表現の基本線となる部分が打ち出されていた。シルエットの人物は匿名的な存在と化しているが、特定の色でグラフィックに処理された服装やしぐさ、そしてさまざまな象徴的モチーフと組み合わされることで、映画的、いや週刊誌的とでもいおうか、どこか不穏な事件性を臭わせて、見る者の想像力を喚起する強烈な力を獲得していたのである。学部の卒業制作(首席)の《火遊び》はそうした特徴が明瞭に見てとれる。

しかし、今回の出品作のうちでも直近のおおむね2020年以降の作品になると、モチーフも画面の構成もよりシンプルに整理されるようになっている。厳格な統御が働いて、成熟した抑制の感覚が生まれている。インパクトよりも知的な静けさ、内的な強度が求められているように見える。

人物は、以前よく描かれた武骨な男たちにかわり、もっぱら少女だけが描かれている。注目されるのは動物モチーフの多さ、とりわけ蛇が好んで描かれていることだ。小瀬によれば、蛇は男性であり、それを恐れつつ触れたいという少女の好奇心、セクシャルな暗示が描かれているということになる。それは《ヘビ狩り》、《記録的な獲物》などの作品を見れば明らかだが、セクシャルな暗示は、蛇以外の動物を描いた作品も含め、現在の制作の主調をなしているようだ。たとえば《青い犬》について、ぬいぐるみの犬は、異性に対する少女の幼い願望を示し、繰り返される月は、少女の身体的な成熟を暗示すると理解することは容易いだろう。

しかし小瀬は、動物を描くことについて、別の角度からも語っている。すなわち動物とは「人間を視ている存在」であり、それを描くことで作品に外からの視点、いわば客観性を持たせることができるという。また、人間を描いていると「それが自分であるような気がしてくるが、そこに動物を入れると、自分を客観視することができて落ち着く、つまり自分の世界に入り込まないで済む」のだという。

大切なのは、小瀬の制作は、ものごとを知的に理解し、納得したい、頭で把握して、コントロールしたい、という意識によって導かれているということだ。以前はもやもやを抱えて、ときに冷めた感情とともに生きていたという小瀬は、最近になっていろいろなことに興味や楽しみを覚えるようになったという。そうであればあるほど、描くことでものごとを客観視して、なにかを理解する、つまり「分からなかったことが分かって腑に落ちる」ということが、小瀬の制作をより大きく導く力となっているのではないか。

小瀬はまた、自然の混沌ではなく、「定規で線を引っ張ったような」シンプルで人工的な空間を描くほうが落ち着くとも語っている。小瀬の知的なアプローチからすれば、それも当然だろう。把握し、理解し、コントロールする作業には、シンプルで人工的な対象のほうが都合がいいからだ。こうして、シンプルで限られたモチーフを繰り返し描くことは、小瀬にとって、把握し、理解したことを確認する行為、いわば自らが行った実験の再現性を確認する行為に他ならないのである。

とはいえ、小瀬の制作行為の実際は、ものごとの文字通り単純な整理、把握、その説明とは異なる。以前は人物と人物の関係性や、それを織りなすシチュエーションに関心を覚え、その表現に意を注いだというが、いまは積極的な関係性をあえて作らないようにしているという。近作では人物と人物は心理的に隔絶しているようだし、さらに各モチーフの描写、配置も、空間的な整合性に囚われず、やはり隔絶した在り方を示している[註2]。

そこでは、表向きの整理と理解に反比例して、想像力の飛躍に向けた潜勢力は極限まで高められている。つまり小瀬は、シンプルに知的に整理すればするほど、未知のもの、制御しがたいものに向けた感受性が極大まで高められるという逆説を生きている。その脈絡にあっては、少女と蛇といういわば月並みな比喩も、思いのほか大きな力を発揮するだろう。これらの逆説こそ、現在の小瀬の制作が到達した強度を支えているのではないだろうか。

メディア

スケジュール

2021年01月16日 ~ 2021年03月21日

アーティスト

小瀬真由子

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