フタバ画廊自分自身を発見する唯一の道具でありながら、反転された自分の姿しか見ることので
きない鏡の特質とともに、そのタイトルには、「逃げ水、蜃気楼」(ミラージュ)の
意味も重ねられている。何かを知ろうと強く願う気持ちと、遠ざかる風景のように消
え去りゆく記憶。ダブルヴィジョンの画面は、交差するようでいながら、交差するこ
とはない。時も場所も異なる複数の記憶が物語の種子となり、次なる物語へとつな
がっていく。
コミュニケーションのあり方や記憶の成り立ちと、物語の構成。
「不可能とわかっていながらも、可能性に夢を託すこと」。
「伝わらないことに、近づけるのではないかという思い」。
物語を実現させることが、結果的に、私たちのコミュニケーションの可能性に繋が
るのでないかと考えている、と、池田は述べる。
「フタバ画廊/池田嘉人<Mirror・ge>/展覧会リーフレット(抜粋) 文:川上典
李子、訳:村山和裕」
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