秋山画廊小山穂太郎(1955年生まれ)は,油絵科の学生時代から、素材として写真を用いている。所謂「写真」とは微妙に異なって、プリントされた印画紙に漂白剤、ヤスリ、ニス等で消したり、削ったりする。従って被写体は、ほとんど原型を留めていない。では何故そのような行為をするのか。 一つには、絵の具の物質的厚みと、映像の皮膜の希薄さの選択。そして自己の確立と他者、外界との出会いに、絵画の手法も万能ではなく、カメラの視点も人間の目(意識)とは異なるとし、独自の手法が生まれた。その後 映像はフィルムに移行し、8ミリ、16ミリのフィルム映像になるが、そこでも被写体は鮮明な意味を持たない。延々と続く雲、雨の横断歩道、点滅する信号機,等など。むしろ、映像に鑑賞者が包まれるような設置の仕方で、空間全体を体感することになる。それは、ある風景、場所の記憶を観る者に蘇らせるが、単に風景の記憶だけではなく、様々な感情、身体的な感覚まで呼び起こさせる。 一度経験すると、忘れられない程である。最近は映像から、さらに普遍的な光へと拡がり、ストロボを用いた光と幽かな音で、観者の無意識の世界に問いかける。日常、意識していない瞬間の扉を開くのは、あなたです。
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