ハウス オブ シセイドウ資生堂に今も脈々と流れる芸術・文化支援の原型は、初代社長・福原信三によって築き上げられました。少年時代から美術に強い関心を抱いていた信三は、幅広いジャンルの才能ある若手作家たちの仕事ぶりを、枠にとらわれない自由な空気の中で紹介したいと考え、1919年、銀座に資生堂ギャラリーと開設します。
その後、資生堂ギャラリーは戦争で中断を余儀なくされますが、1947年には活動を再開。当時の和洋画で壇で精彩を放っていた作家たちによるグループ展「椿会」を開催します。資生堂のシンボルマークである「花椿」にちなんで名づけられた本会には、院展、二科会、春陽会など、様ざまな会派から作家が集いました。「椿会」は、1963年にはメンバーを変えて第二次が、そして1974年からは第三次がスタートしました。
本展では、文化人や作家が交流するサロン的な役割も果たしてきた「椿会」を百花量繚乱してともいえる名だたる作家が参加した第一次から、最も多くの会派より横断的な人選がなされた第三次までの主要収蔵作品と、作家の言葉や様ざまな周辺資料で紹介します。
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