宇都宮美術館1886年、東京に生まれた藤田嗣治は、東京美術学校で学んだ後、1913年、27歳でパリへと向かいます。絵に何よりも描き手の個性が求められた当時のパリで、藤田は、伝統的な日本画の要素を取り入れた独自の油彩画を創り出します。ひとの持つやわらかい肌を、画面の持つ絵肌として表現したのです。乳白色の下地に黒の線で描く裸婦や猫で人々を魅了した藤田は、世界中からやって来る画家がしのぎを削るパリの地で、一躍その名を馳せました。
異邦人画家藤田嗣治として過ごした1910-20年代。第二次大戦後、日本からふたたびパリへと戻りフランスに帰化、カトリックへ改宗してレオナール・フジタとなった晩年。本展覧会では、藤田のフランスにおける画業にスポットを当てます。
1992年、パリ郊外の倉庫で発見されるまで、長らく行方がわからず「幻の作品」とされていた縦横3mにもおよぶ裸体群像4点を中心に、藤田が自分のスタイルを探し求めた1910年代後半の作品から、藤田の代名詞ともいえる「美しい乳白色」の下地を完成させた20年代の裸婦や自画像、動物などをご紹介します。また、裸体群像4点にあわせて、この大作のために描かれた貴重なデッサンも多数ご覧いただけます。そして、レオナール・フジタとなって描いたキリスト教を主題とした宗教画や、自ら構想し、その身を削って完成させたランスの「平和の聖母礼拝堂」内部のフレスコ画、ステンドグラスの下絵も初公開。ほか、最晩年を過ごしたフランス・エソンヌ県の小村ヴィリエ=ル=バクルにある「ラ・メゾン=アトリエ・フジタ」(住居兼アトリエ)の一部を再現。そこに残された藤田手づくりの愛らしい小物や生活資料なども展示いたします。
その独自の絵画世界と生活趣味を通して、日本に生まれ、パリで画家として育ち、フランス人として生涯を終えた藤田嗣治=レオナール・フジタの姿が浮かび上がってくることでしょう。
関連イヴェント等詳細については、美術館ウェブサイトをご覧下さい。
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