東京画廊+BTAP東京画廊 + BTAPでは、劉孝澄(リュウ・シャオチェン)による個展「日照香爐生紫烟」を開催します。2004年から制作を続けている「呼吸」シリーズの新作、および未発表作品である「金剛経」シリーズの計11点を展示致します。
劉孝澄は1963年、中国・吉林省生まれ。1984年に吉林省芸術学院卒業後、北京へと活動の場を移すが、苦悩の時代を過ごします。様々な作風を試みたのち、芸術の理想主義を唱えていた「圓明園画家村」にたどり着くも、あいにく画家村の撤去の時期と重なり、これを機に劉孝澄は現実を拒絶するという自己防衛に向かうこととなります。
2000年に杭州の寺院にて仏門に入った後、作風は一変し、これまでに見られた刺激的な色使いが払拭され、平静を保ち、落ち着きのある内容となります。再び北京へと活動の場を移して以後、自身の信仰する仏教の思想に通じる作品を発表しています。劉孝澄の作品は、伝統的な油彩画の技法で完成させた画面の上に、もう一層油絵具を塗り重ねることによって、鑑賞者に霧掛ったような捉えどころのない印象を与えます。過去を完全に否定するかのようなこの平塗りの手法は、劉孝澄自身の宗教的な経験に基づいているものと言えるでしょう。
「呼吸」シリーズに描かれる、体から離脱しているような煙は、人間の精神が昇華する瞬間を捉えています。それは現実と幻想が混ざり合い、物質でもあり精神でもある「魂」の軌跡なのではないでしょうか。
また、タイトルでもある金剛経とは、般若経典の一つで、「あらゆる現象には、本来意味はなく、ただありのままである」という「空(くう)」のようなものだと説いています。今回発表する「金剛経」シリーズで、劉孝澄はその経典の言葉を作品の中に引用したと言っています。
言葉は意思伝達・コミュニケーションの為の道具であり、記号です。しかし、現代の論理的思考の発達は、同時に言葉そのものに囚われる場面を創り出しているのではないでしょうか。言葉によって考えだされ、作り出された先入観、思い込みが霧のように立ちこめ、ありのままの物事を不透明にしている。そういった状況を劉孝澄は自身の作品を通して、鑑賞者に問いかけていると言えるでしょう。
展覧会のタイトル「日照香爐生紫烟」(日は香炉を照らし紫煙を生ず)は、唐時代の詩人・李白による一説を引用したもので、日本初となる展覧会に臨む作家自身の作風そのものを表しています。
日照:日出る国、日本で展覧会を行う
香炉:香を薫じて仏を供養する、仏教儀式では欠かせない物
紫煙:煙に包まれている様な自身の作風
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