公開日:2007年12月9日

関係の発生

大阪芸術大学主催の国際アートトリエンナーレで大賞を受賞されたアーティスト田口行弘氏にインタビュー

空気や地面等、私達がそのあまりの偏在性のせいで日頃関心を向ける事の少ない要素に対しての田口氏の大胆な介入は、私達が日常生活として体験するものを構築している様々な関係性に対しての新しい意識を生む。様々な物事の間の関係性というのは田口氏にとって最も根本的な関心であり、彼は自分の役割を鑑賞者、つまり参加者が既に存在しているのに忘れてしまっている関係性に気付いたり、新しい関係性を築き始めるための舞台を用意する黒子のようなものだという。今回、いくつかのパフォーマンス等で多忙な日本帰国の直前に少し時間を頂いて話を伺った。

田口さんは学生の頃からパフォーマンスやインスタレーションといった表現方法を選んできましたけど、それはどういった経緯、意図でそうなったんですか?

僕一番最初は芸大の油絵科に入ったんですけど、大学に入ってからほとんど絵を描かなかったんですよ。一番最初の授業が環境と場について思考作業しなさいというものだったんですけど、表現とは何か、なんで君は油絵の具を使ってキャンバスに絵を描く事を表現として取り入れてるのか、っていうのを考えさせられる授業だったんです。確かに僕はずっと絵描いてて、ポンと大学入って、でまた絵を描くんだろうと、それが当たり前の状況だろうと思ってたんですよ。でも実際に何で僕はこの絵を描く方法で表現してるんだろうっていうふうに思ったんですよね。で、そういうことを考えながら絵を描くために木枠を作ったりとか、木枠にキャンバスを張ったりするじゃないですか、すると僕の中でどこからが制作をしていることになるのかという疑問が湧いてきたんです。筆を手に持ってペイントしてるところだけじゃなくて、キャンバスを張る工程からが制作の一部なんじゃないかって僕の中で分けられなくなったんですね。というよりも、そのキャンバスを張る行為自体が面白くなってきたんです。平面にするために四隅からテンションを与えてる訳じゃないですか。で、そのテンション自体を作品にしたらどうなるんかなって思ってだんだんインスタレーションになったってことで、基本は平面だったんですよ。絵画から始まったんです。

では、商業的もしくは伝統的なアートに対しての反発だとか、そういったことではない訳ですね。

そうです。何かに対しての反動とかそういうものじゃなくて自然のなりゆきでそうなったっていうことです。

「Gift」。タイトルには二つの意味が含まれている。英語でgiftとは「贈り物」の意、ドイツ語では「毒」となる。
「Gift」。タイトルには二つの意味が含まれている。英語でgiftとは「贈り物」の意、ドイツ語では「毒」となる。
写真:田口行弘

「Gift Set」。ゆっくりと中の空気が吸われていくことによって、中の参加者達はいつもは気にとめない空気の存在に逆に気付く。
「Gift Set」。ゆっくりと中の空気が吸われていくことによって、中の参加者達はいつもは気にとめない空気の存在に逆に気付く。
写真:田口行弘

今話してたテンションという要素は田口さんが学生時代に「自画像」として提出したビデオ/パフォーマンス作品「Tension」にそのまま繋がりますね。この頃からもう現在の作品に通じる身体性、体と意識と地面等の体にとって不可欠な要素との関係というテーマが強く感じられます。これは例えば空気に着目した「Gift」シリーズにも見られることですね。

「Gift」では単純に空気という存在に注目したんです。地面もそうですけど、普段気に留めないですよね。僕今地面に立ってるんだみたいなことって思うやついないと思うんですけど、それと同じで僕今空気吸ってるとかって思う人もいないと思うんですよね。かなり重要なことですけど、忘れてるというか日常生活では気にしていない。それを再確認したりするインスタレーションであったりパフォーマンスであったりするわけなんだけれども、giftっていうのは英語では贈り物、ドイツ語では毒っていう意味で二つの意味を持ってるんですよ。それっていうのは、酸素っていうのは多すぎると僕らにとっては毒なんですよね。今僕らが吸ってる空気っていうのはCO2もO2もちょっと混ざって、うまい具合のバランスの状態なんですよね。そういう状態が僕らにとって贈り物なんだなっていう。だからその空気を普通に吸えない状態にして、何かを与えられている、もらっている感覚をもうちょっとこう大きくしようとしたのが、最初に公園に行って他人に息を吹き込んでもらった最初の「gift」なんです。その後の掃除機で空気を吸い取ってしまうほうはその逆ですね。

最近ベルリン、プラハ、サラエボ等色々なところでやられてる、より大きなスケールの「Giftplatz」は、たくさんの人が入って来るビニールでできたスペースの中に誰かが常に自転車をこいで空気を送っているということで空気の存在というのがより明確になりますね。

自転車のやつは、皆中に入るでしょう。あれ面白いのが、中に何人かで入ったらばーってしゃべり始めるんですよ。で、直ぐに僕が横でこいでること皆忘れるんですよね。話に夢中になって盛り上がって。僕の存在を忘れるんですよ。その状況っていうのは普通の普段の僕らの状況と一緒なんですけど、その人達がぱっと目をそらした瞬間に、あ、この空気はあの人が僕らのために作ってくれてるんだと気付いてくれるんですよ。

「Gift Platz」。アーティストはビニールシートに覆われた空間に絶える事無く空気を送り続ける。
「Gift Platz」。アーティストはビニールシートに覆われた空間に絶える事無く空気を送り続ける。
写真:田口行弘

「Gift Platz」。インスタレーション内の様子。参加者達は直ぐに外で空気を送り続けているアーティストの存在を忘れる。
「Gift Platz」。インスタレーション内の様子。参加者達は直ぐに外で空気を送り続けているアーティストの存在を忘れる。
写真:田口行弘

「Gift Platz」。インスタレーション外の様子。
「Gift Platz」。インスタレーション外の様子。
写真:田口行弘

先ほど、地面という話をされましたけど今回大阪芸術大学主催のトリエンナーレで大賞を受賞された作品「Moment」がまさにそこに着目したものですね。

そうですね。「Moment」っていう題名は僕らが過ごしてる時間ていうのは一瞬一瞬の積み重ねで時間があるっていうか生活があるっていうか、人と出会う、お茶してるというのも、キッチンで料理してるってのも、意味は無いんだけどひと時ですよね。そういうところから来てるんですけれども、そのひと時ひと時の間になんかこう面白いこととか、例えば美術で言ったら美しいものとか、絶対そういうものがあるはずなんだけど、発見できないというか、気付かないだけというか、それをなんか見つけ出そうという思いで作った作品ですね。床をはがすっていうのも、普段地面にへばりついてて、それがぽこって飛び出て来る状況っていうのはそうそう無いと思うんですね。いつも当たり前に歩いている地面が違ったかたちで見るということから何か新しい発見が生まれる。これは学生のころから絨毯使って作品を作ってた時から興味があった事で、後の「Auf」とかにも繋がるんですけど。絨毯のイメージっていうのは大体人の中にあるじゃないですか、大体地面にひいてあるっていう。なんかそういうのを、じゃあ普段は床の上にあるものを別の置き方で見せるとどうなるかなっていうのが一番最初のきっかけで。まあ、絨毯っていうよりも、地面っていうことを意識したんですけど。

この作品や「Gift Cafe」等でも同じようにもう一つ重要な要素が、地面の板がテーブルやら、映画をみるための長椅子に変わったりして人が自然と集まってくる事ですよね。

そうですね。全部関係なんですよ、地面と人、人と人といったように。他では発表してないんですけど一応僕の活動全体のコンセプトというのがあって、もちろん素材も見せ方も変わるし違うんですけど「あらゆるものとの間に起こる自然発生的な関係を意図的につくり出すこと」ということなんです。

今年の夏にサラエボでされたパフォーマンス/ビデオ「Visitor」はまさしくその関係性というのが全面に出ている作品ですね。サラエボと言いますとまず戦争というテーマが頭に浮かびますし、田口さんもそういったことに自身のブログで多々触れられてますけど、作品にはそういった要素は見られませんね。これはどうしてですか?

そうですね、戦争という問題は非常に難しくもあるし、在る意味ステレオタイプ的な部分がありますよね、あまりにこう作品以外の要素が強くなりすぎると思うんですよ。それを題材にしてしまうと。僕の中では、すごく制作しづらくなるんですよね。ゆくゆくはそういう大きいテーマを取り入れたいも思いますけど、最初は小さい枠で、小さいコミュニティーを集めるっていうふうに考えたんです。例えばサラエボのその地域の人達だけでも、近所の人達とか子供達とかちょっと興味ある人達が来てくれたらまあいいやみたいなかんじです。そうして人が集まって来ると嫌でも話をするじゃないですか。そして色々なコミュニケーションが生まれて僕も考えさせられるし、来てくれた人達にも新しい発見があればと思うんです。

「Moment」。アーティストは毎日の様にギャラリースペースに通って、床の板を毎日違った位置に動かす事によって全く違うコンテクストをつくり出した。
「Moment」。アーティストは毎日の様にギャラリースペースに通って、床の板を毎日違った位置に動かす事によって全く違うコンテクストをつくり出した。
写真:田口行弘

「Moment」。「遊びは、僕の作品にとって大切な要素ですし、これからも大事にしていきたいと思ってます」。
「Moment」。「遊びは、僕の作品にとって大切な要素ですし、これからも大事にしていきたいと思ってます」。
写真:田口行弘

「Moment」。床板がテーブルに変わり、来場者は食事へと誘われる。
「Moment」。床板がテーブルに変わり、来場者は食事へと誘われる。
写真:田口行弘

作品を制作されるプロセスについてお聞きしたいんですけど、こういった作品の最初のインスピレーションはどこで生まれるんですか?やはり他のアーティストに触発されたり、アトリエにこもってアイデアが浮かんで来るというよりも日々の偶然から生まれるといったかんじでしょうか?

そうですね。アトリエっていうのは完全に作業場ですね。何かを考えるような場所じゃない。例えば僕、展覧会する場所を必ず事前に見るんですよ。「Moment」の時も、あの場所に行ってばーって見て、この空間に何が一番いいのかって考えるんですよ。その時に壁の質から床の質からスペースの広さまで、そういうこと見てそれで考えて、使えるものは何があるのかというのを考えるんです。本当に場所っていうのは個性を持っていて、それを見つけ出す事にまず最初に務めますね。ギャラリーでやるにしても、なんでこんなところにこんなものが置いてあるのっていうのがよくあるじゃないですか、動かせなくて展示に邪魔なものだとか。多くのアーティストはそれを嫌がるんですよね。僕は逆にこいつを使えばなんかおもしろいことができるんじゃないかな、とか逆にそれがその場所の個性になって逆に関係性がでてくるんじゃないかなと思うんですよね。

インスピレーションが生まれるのはあと本当に普通に友達とか他人と話してる時とか普通に歩いてる時とかですね。僕もう2年ぐらいあんまり人の展覧会見に行ってないんですよね。ま、友達の展覧会とか以外は。僕のアイデアはどちらかというといつも実生活から生まれるっていうのは、そのほうが僕もやりやすいし、鑑賞者もわかりやすいんじゃないかと思うんです。ていうのも、同じに人間じゃないですか、生活してるじゃないですか、生活スタイルは色々あるけど基本は一緒じゃないですか。空気吸って地面に立ってっていう。寝て食べて人と会ってっていうのは一緒じゃないですか?そういうとこから何かを見つけ出せたら共感を生み出せるんじゃないかとは思いますね。

そういったどのような文化圏にも基で共通している部分を見つめて活動されているというのは、今田口さんはベルリンで活動されてる上でも感覚的なレベルでのコミュニケーションを可能にしているような気がします。ベルリンに来たのはどういう経緯だったんですか?そしてこっちでの生活は作品に影響しましたか?

日本で大学院にも行ったんですけどなんかこう外に出たくなってヨーロッパとかアメリカを旅行してるうちに単純にこういうとこで制作したらどうなるんかと思ったのがきっかけですね。あと、見てる限りだと日本より展覧会やりやすいんじゃないのっていうふうに思って、それでチャレンジみたいなかんじで。ベルリンに来てからは、結局なんか無意味な時間が多いっていうか。 何も無いから考える時間が多い、何も無いから作品のことを考えてしまう、そういう時間が自然にできてくる、そんなかんじです。ま、こっちに来たのも作品をつくるためとか制作のためという意味で来てるから、最初から追い込まれている状況にいるとも言えますけど。ま、あからさまにここがこう変わったってあんま説明できないんですけど、確実に変化はありますね。

こちらにいるとやはり日本人アーティストとして見られますか?近年、日本の文化をわかりやすくパッケージ化した作品が流行ってますけど、やはりそういった流れで見られます?

一部はもちろんそんなん関係無いって見てくれる人もいますけど。作品のコンセプトが先に来て、そして日本のアーティストとして呼ばれるっていうのはわかるんですけど、例えば今年もいくつかやったんですけど、日本のカルチャーを紹介する展覧会みたいなのに出すのはもうちょっと厳しいかな、と思いますね。結局のところそこにしか回収されないわけじゃないですか。ああ、日本人のアーティストはこういう考え方してるんだーみたいな。そこには行きたくないんですよ。すごいつまんなくなってしまうっていうか、広がりがなくなってしまいますよね。そういう異文化を紹介するという企画側の意図もわからなくはないんですけど、はたしてそれにどれだけの意味があるのか言ったら、結構謎なところなんですよ。それで一稼ぎしたいんかなみたいなもんにしか思えないんですよね。

最後にこれからのことについてどういったことに取り組んでいかれるつもりなのかお聞きしたいです。

そうですね、漠然としか今は言えないんですが、おかげさまで今年は、日本でもいくつか発表する機会をもたせて頂いたので、これを機にベルリン、ドイツだけではなくて、少しずつ活動範囲を広げることも視野に入れていきたいですね。それが、陸続きであるヨーロッパの面白いところでもあるとも思いますしね。でも、無理に広げたりはしないですよ。自然の成り行きでそういった機会をつくれるように意図的に活動していくことも、制作の一部かもしれないですね。

現在、田口行弘氏が大阪で開催中の「国際アートトリエンナーレ 2007」(12月03日 ~ 22日)に出品しています。

Naoki Matsuyama

Naoki Matsuyama

1982年、イタリアのリエティ市に生まれる。ケンブリッジ大学で建築学と教育哲学を専攻し、2005年に卒業。現在、翻訳家・ライターとして活動している。『思想地図β』を出版する合同会社コンテクチュアズで、翻訳・海外展開を担当。