公開日:2008年1月7日

佐藤 卓ディレクション「water」

潤いに満ちた水との出会いの場

ここ最近「水」をテーマとした展覧会が続いている。横浜美術館の「水の情景―モネ、大観から現代まで」展、サントリー美術館の「水と生きる」展…。両展示とも「水」という物質の本質的な美しさと作家独特の視点・描写が重なり合って豊かな世界を紡いでいた。

21_21 DESIGN SIGHTで開催されている第2回企画展 佐藤卓ディレクション「water」は「デザイン」という視点から「水」にまた一味違ったアプローチを試みている。

本来意のままにならないもので、だからこそ尊いものであったはずの自然を、「いかに効率良く、都合良くコントロールしうるか」そのプロセスが人の歩んできた道だとしたら私たちは今ターニングポイントを迎えている。それは言わずもがな、「循環型社会」、「ゼロエミッション」といった言葉をよく目にすることからも分るだろう。水も例外ではない。しかし、もはや私たちにとって当たり前となってしまったその存在について、今更どう考えたらいいのだろう。環境に配慮した節水の方法をいくら提示出来たとしても、あらためて水そのものについて深く考えることは難しい。

ここで本展に足を運んでみて欲しい。

グラフィックデザイナーの佐藤卓氏がディレクションを担当した「water」は、文化人類学者の竹村真一氏をコンセプト・スーパーバイザーに迎え、写真家、デザインエンジニアなど、多分野で活躍する人々と共にリサーチを重ねた結果が結晶化されている。展示が「水の記憶」、「水の魔法」、「水の履歴」、「水の惑星」、「水の都市」という5つの柱で構成されていることからも分かるように、様々な角度からのアプローチを可能としたのはこのクリエイティブチームの存在にある。観客が触ったり動かしたりすることができるインタラクティブな作品が多く、“お勉強感”がないのも本展の特徴である。

《ことばな》
《ことばな》
(c)water project

「南氷洋の魚はなぜ凍らない?」
「「行く川の流れ」も絶えるかもしれない時代」

会場へと降りていくスロープに《ことばな》が並ぶ。試験管に挿された水に関する言葉は、ある時には思わず「なぜだろう?」と考えてしまう疑問を提示し、またある時には詩的に問題提起を促し、観客を意外性に満ちた「水」の世界へと引き込んでいく。通り過ぎるたびに水に揺らぐ文字が美しい。

「水は一人ではいられない」

この“寂しがり屋”の水分子の姿を知ると、かつて化学の授業で学んだ「水素結合」も人間関係になぞらえて見えてしまうかもしれない。

地下に降りると細い通路に並べられた品々に一瞬戸惑うだろう。牛丼、ハンバーガー、アイスクリームといった食堂にあるような食品模型が並び、それらの食券販売機が設置されている。メニューを選びボタンを押すと、水の流れる音と共に食品名と数字が印刷された券が出てくる。たとえば「牛丼 2000L」。「まさか。」と思ってしまうが、この2000Lとは、実に牛丼一杯つくるのに必要な水の量なのである。

これは東京大学生産技術研究所の沖大幹氏が提唱するバーチャルウォーター、“仮想水”という考え方であり、私たちが他国から食料を輸入する過程でいかに仮想的に膨大な量の水を使用しているかということがわかる。牛肉を買う時に「牛を育てるための水の量」まで意識している人はおそらく殆どいないだろう。しかし、牛が飲む水、牧草を育てるための水、これらは「見えない水」として確実にどこかの遠い土地で使われているのである。私たちが一日に飲む水の量が約3リットルであるというデータを踏まえるとバターひとかけらにですら膨大な水が使われていることに驚愕するだろう。この作品《見えない水の発券機》[竹村真一、佐藤卓(c)water project]には携帯版があり日々の献立の「見えない水」のチェックが可能だ。

「携帯版 見えない水の発券機」 http://v-water.jp/

このように会場以外に接点を持たせているのも本展の特徴である。

《水の器》佐藤卓
《水の器》佐藤卓
(c)water project
メイン会場には大きなティーカップのような《水の器》が12個並んでいる。器にはたっぷり水が張られており、覗いてみるとそれぞれ底に水に関連した映像が映し出されている。環境によって生物の甲羅や菊の花のように姿を変える水の姿を記録した「曼陀羅」[DVD-film『Schwingung und Gestaltung』より(c)water project]が印象的だ。「水の変様態」[書籍『カオスの自然学』テオドール・シュベンク著、工作舎より(c)water project]の映像と相俟って、全ての生き物は水と共に存在し、その事実がどこか共通した形となって表れているのに気付かされる。映像は緩やかに結びつき、器を覗く者に豊かな視点を与えている。

《鹿威し》原研哉、大黒大悟、美馬英二
《鹿威し》原研哉、大黒大悟、美馬英二
(c)Kenya Hara
《ふるまい》takram(田川欣哉、畑中元秀、渡邉康太郎)
《ふるまい》takram(田川欣哉、畑中元秀、渡邉康太郎)
(c)water project

メイン会場奥にあるのは原研哉氏による《鹿威し》とデザインエンジニアリングファームtakramによる《ふるまい》だ。前者は日本庭園にあるそれを新たな解釈で提示したもので、「チン」という涼やかな音と共に水が超撥水処理された板をこぼれ落ちていく。どことなく風流で癒される光景についつい次の一滴を待ってしまう。後者もまた皿に超撥水処理が施されており、スポイトで水を垂らすと水滴が生き物のような不思議なふるまいをする。皿は12のパターンがあり、それぞれ垂らしてみるまで動きが全く予想できない。全て試したくなってしまうこと請け合いだ。

井出祐昭氏による《水・木・生》[(c)water project, sound(c)EL Produce Inc.]では、私たちは小さな生き物になって水を吸い上げる「木の鼓動」を、竹村真一氏と川崎義博氏の「aqua scape」[(c)Earth Literacy Program and Yoshihiro Kawasaki]では、今地球のどこかでたゆたう水の音を、聴く。

「ウェブ版aqua scape」 http://www.aqua-scape.jp/

五感に訴えかける展覧会、「water」。そこにある世界は必ず私たちの日常の延長線にあり、展示作品は美術館・科学博物館のそれとは一味違った、潤いに満ちた水との出会いの場を提供している。そこでの体験は会場を後にしても、水と私たちの関係に美しい波紋を作り続けるだろう。

Noriko Yaegashi

Noriko Yaegashi

1986年生まれ、千葉県在住。武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科所属。アートマネージメント、日本文化論を勉強中。1日の4分の1を通学に費やしています。美術館・ギャラリー巡りと読書、課題の毎日です。