公開日:2010年2月27日

泉太郎「AASレジデンスプロジェクト『くじらのはらわた袋に隠れろ、ネズミ』」

頭蓋内外出入り自由、泉太郎の映像インスタレーション

浅草駅から吾妻橋で隅田川をわたった先の左手に、金色の炎のオブジェ“フラムドール”が乗った巨大な黒いキューブがあります。「スーパードライホール」というこの建物の4階に位置するのが、アサヒアートスクエア(AAS)。ここは、アサヒビールが設備を提供し、アサヒアートスクエア運営委員会が運営しているスペースです。一年を通じて、現代美術から地域の伝統芸能まで様々なイベントが行われています。全国各地の地域のアートを結ぶ「アサヒアートフェスティバル」のイベント会場としてご存知の方もいらっしゃることでしょう。

さて、この大きな空間で、泉太郎(いずみ・たろう)の個展・公開制作「AASレジデンスプロジェクト『くじらのはらわた袋に隠れろ、ネズミ』」が、2010年1月16日(土)~1月31日(日)に行われました。

■触ることができない”映像”だからこそ

広大な空間にインスタレーションが展開している

泉太郎は1976年、奈良県生まれ。2001年より、映像を使った作品を国内外で数多く制作・発表し、高い評価を得ています。東京の美術館でも、昨年東京国立近代美術館で開催された「ヴィデオを待ちながら 映像、60年代から今日へ」展や原美術館での「ウィンター・ガーデン:日本現代美術におけるマイクロポップ的想像力の展開」に参加しています。また先日森アーツセンターギャラリーで開催されたアートフェア「G-Tokyo 2010」にて、ヒロミヨシイのブースでインスタレーションをご覧になった方もいるでしょう。

泉太郎は、ビデオカメラのレンズの前に自分自身の身体を含む様々な物を置いていき、さらにそれを映し出すモニターやプロジェクターの前にも物を置いていくことで、「もの」そのものの意味や形を、手で触るように作りかえていく手法をとっています。映像の中身だけで成立する作品もありますが、インスタレーションによって画面内と画面外、あるいは周囲の状況やその場にやってきた観客そのものまでをも結んで構成要素にしてしまう作品が魅力的です。こればかりは展覧会に足を運ぶしかありません。というわけで最終日の前日に行ってきました。

■巨大なスゴロク

泉が自ら作り、自ら駒となる、終りの無いスゴロク。途中に坂道や障害物も。中央にあるサイコロを振って進む

今回の個展の目玉といえるのが、AASの広大な空間を存分に使った巨大なスゴロク。これは、昨年夏に群馬県立近代美術館で開催されたグループ展「こども+おとな+夏の美術館 まいにち、アート!!」で最初のプランが作られ、秋の「横浜国際映像祭2009 CREAM」の野毛山動物園会場で大きく展開し、年末から今年初めに神奈川県民ホールギャラリーで行われた「日常 場違い」展でもバリエーションを加えた、泉太郎の新たなシリーズです。

檻に向けて矢印が伸びたマスに止まると、コマとなった泉自身が様々な動物の写真が貼られたルーレットを回して、止まったところに名前がある動物のモノマネをしなければならない。しかも、そこに至る前に、既に別の動物のかぶりものをしているため、例えばウサギの格好でライオンのモノマネをする(しかも檻の中で)という無理な注文に応えなければならない。もちろんその様子も映像におさめられて会場で流れている

泉自身がカメラを向けながらサイコロをふり、駒をうごかし、止まったマスに書かれた指令に従って、駒に加工やアクションが加えられていきます。例えば「テープ」と書かれたマスに駒が止まったらテープで巻かれ、「水」では水をかけられ、「イロ」では絵の具を塗られ、「モミモミ」では揉まれる、といった具合です。横浜国際映像祭では、このスゴロクの駒として人形や大きなお菓子袋などが使われ、撮影が終わった後にその変わり果てた姿が現場に残るという形の展示がされました。AASで開催された本展では、泉自身も時としてこのスゴロクの駒となり、期間中は毎日午後に公開制作としてこのスゴロクを実際に使った撮影がされ、新たな映像と、スゴロクの結果の展示が加えられていきました。

止まったマスの指令に従って加工が加えられた駒

スゴロクの駒となった泉が着用していた衣服

■笑いの先には脳味噌が!?

泉太郎の作品は、写真からもわかるように、「映像作品」と聞いて思い浮かぶようなコンピューターグラフィックスや特撮映像ではありません。映像編集にパソコンを使わず、カメラとビデオデッキで作られたシンプルな映像に写っているのは、作者自身の体や、身につけた衣類、あるいはペットボトルや文房具、手芸材料、木材、おもちゃ等、ほとんどの観客にとって見慣れたものです。ところが、一見して見慣れたものが映っているにも関わらず、それが映し出された時には、物体の意味や形が作り替えられているのです。

これを見ると、最初はわけがわからなくなります。次に、それがまるで手に負えない難解で抽象的な作品に思えたり、気持ち悪い映像にも見える瞬間が訪れます。しかし、そこを通り過ぎても、映像を映し出すモニターの周囲の風景も含めながら、ぼんやり眺めていましょう。すると、なぜか笑いがこみ上げてきて、ある瞬間に突然、映像の中の物体、そしてその物体を映している「映像」というしくみそのものまでもが、触れられそうで触れられない物体であるかのような、不思議な感覚に陥ります。こうした笑いと衝撃の先には、この時代に作品を「つくる」ことに対して謙虚で透徹したまなざしを持った作家の強い姿勢が感じられるのですが、これ以上は体験してもらうしかないでしょう。

泉太郎

会場にはスゴロクの他にも、普段倉庫になっているスペースなどを使い、独立した映像インスタレーションがいくつも展開されていました。まるで、展覧会場にいる自分は泉の頭蓋骨の中にいて脳味噌の映像を見ているのではないか、という錯覚に陥ったほどです。泉太郎の今後の活動から、ますます目が離せません。

作田 知樹

作田 知樹

先端の映像・アート・科学領域を扱うミュージアム、イベント事務局、民間非営利シンクタンク等に勤務する傍ら、これらの領域をめぐる制度や法・政策について、現場の運営と個人の創造性への影響、人材育成の視点からの研究をしています。2004年、弁護士らと共に表現/芸術活動を支援する法律家NPO"Arts and Law"を設立、代表理事を務めています。行政書士。武蔵野美術大学、京都精華大学非常勤講師。早稲田大学第一文学部、一橋大学ロースクール中退。東京芸術大学美術学部先端芸術表現科卒業。東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学専攻文化経営学専門分野修了。武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科、同大教養文化研究室非常勤講師。京都精華大学芸術学部非常勤講師。『クリエイターのためのアートマネジメント』著者。記事内容は所属先組織の見解を述べたものではありません。