公開日:2010年8月7日

「チェ・コサアリによるポートレート」展

アートイベント「Manifesto」をトロントで展開する写真家=活動家

カナダのトロント在住の写真家、チェ・コサアリの来日に伴ってインタビューをする機会があった。彼の活動は写真家の枠にも、美術という枠にも捕われずに、表現者のネットワークを作り上げ、さらに行政や企業に働きかけて「Manifesto」という100人以上のアーティスト(ミュージシャンやダンサーも含まれる)が参加するイベントを年に一度開催している。1983年生まれという若干26歳のアーティストの強靭な意思、絶対にあきらめないという精神。そして、小さなコミュニティが繋がっていく事で世界が広がるだけでなく、世界が変わっていくという希望に満ちた話をインタビューを通じて聞くことができた。

■チェ・コサアリの作品世界
チェ・コサアリは、商業写真を中心に写真作品を展開しており、有名人やミュージシャンなどのポートレイトのシリーズを数多く手掛けている。鮮やかで生き生きとした雰囲気を切り取ることが彼の作品の大きな特徴であり、商業写真ではない子どもやストリートで撮影された作品にも現れている。そして、人間の豊かな表情を捉える能力はチェ・コサアリの人柄そのものでもあるだろう。彼はプロデューサー志向の強い写真家で、ポートレイトのシチュエーションを作るところから始まっている。ヒップホップのミュージシャンとしても有名なアイス・キューブのポートレイトを撮影するときは、氷の彫刻をアイス・キューブが作成しているような趣向を凝らしたり、同じくカナダ人のラッパーK-OSを被写体に、映画 do the right thingを引用しながらストーリー仕立てで撮影していたりとエンターテイメント要素の強い作品を中心に制作している。

氷の彫刻を作るアイス・キューブ
氷の彫刻を作るアイス・キューブ
同じくHIP HOPのアーティストK-osのポートレイト
同じくHIP HOPのアーティストK-osのポートレイト

今回の来日は、ビルド・フルーガスユーノイア・プロジェクトの招聘により実現し、ビルド・フルーガス、森美術館社員食堂とアップリンクギャラリーの3会場で写真展を同時開催し、アップリンクではアーティストトークも開催した。(但し森美術館の社員食堂は一般開放ではなく、スタッフカフェアートギャラリーとして、食堂の壁面を使用した展示)。企画者の一人である高田彩さんは、ビルド・フルーガスという宮城県にあるギャラリーで、主にカナダのアーティストを紹介している。ユーノイア・プロジェクトは、トロントのアーティストを世界に紹介する活動を進めていて、これからの展開が期待したい非営利の団体である。渋谷にあるアップリンクというギャラリーでミュージシャンの写真を発信することで、美術に興味が無い若者も足を一歩踏み入れたトークイベントは大盛況だった。行動することで世界を変えていくというチェのパワフルな言動は、渋谷の若者にも伝わっただろう。それは、突然レコード屋を訪れて、自分の撮影したミュージシャンの写真を見せて「明日のイベント絶対見に来て」と歩いて回ったというエピソードからも見て取れる。

渋谷アップリンクでのアーティストトークの様子
渋谷アップリンクでのアーティストトークの様子




■「Manifesto」というフェスティバル
トロントの音楽やアートシーンの活性化を目的とした、アーティスト主体のフェスティバル「Manifesto」は昨年で3回目を数えている。年に一度、4日間に渡りライブや展覧会映画の上映、さらにはまだこれからアーティストになるような若者たちが実力を競うようなコンテストなどのイベントも含めたフェスティバルが開催されている。非営利で活動し、100名以上の地元のアーティストが参加している。構想から第一回目開催までがたった8ヶ月間というスピードも驚くが、チェが人脈を駆使して奔走し、企業や行政の支援を取り付けることで開催までこぎつけたという。草の根的にアートが広がることで、若者に対しては教育的価値もあるのだと迷いなく話してくれた。さらにすごいのは、市民ミーティングで、ベテランも若手も含めアーティストを大勢呼び、どういう文化活動を望んでいるかを役人に伝える場を設けたという。フェスティバルの会場の一つには市役所として使っている建物のあるとのことで、公的機関も巻き込みながら活動の幅が広がっており、この市民ミーティングは毎年開催していて、毎年人数が増えているという。 小さなコミュニティの中ではヒーローのように有名なアーティストでも、一般にはあまり知られていない事が多い。それをどうやって広げていくかを考えた時、コミュニティ同士が繋がって、広がっていけば大きいムーブメントになる。さらには、トロントという街がそこまで規模の大きな文化発信をしている場所ではないけれど、どのように活性化するかを考えた結果がこのイベントだったというわけだ。1回目の「Manifesto」が成功し、実績ができれば更に次ぎに繋がっていくと話してくれた。



地域おこしのためのアートイベントは日本でも数多くある。でも、それは行政側の発案であることがほとんどだ。芸術文化が行政によって発動するのではなく、アーティスト側から起案され、行政まで動かすことができたら、文化が起爆剤になって色々なシステムを作り替えることが可能かもしれない。 そういう意味でも、今回の日本での展示とトークは多くの示唆に富んでいた。東京と言う複雑で多様な文化が絡みあった都市で、なにができるのかと考えると怖じ気づくけれど、それでも自分が動かないと何も始まらない。カナダに移民として住み始めた両親を持つチェ・コサアリが、自分を取り巻く環境のシステム自体の仕組みをどのように変化させれば、より風通し良く過ごせるかを考えるのは必然だったのだろう。「迷いや悩みがあればそれを取除いて進んでいきたい」とモハメド・アリの言葉を引用して話してくれたチェ・コサアリが今後、どのように迷いや悩みと向き合い(私は、美術には迷いや悩みがつきものだと思うから)どうやって仕事を進めていくかが楽しみでならない。

Sayako Mizuta

Sayako Mizuta

1981年東京は大森生まれ、今も在住。武蔵野美術大学大学院を難波田史男とドローイングについての研究で修了。若手アーティスト支援の仕事を経てインディペンデント・キュレーター。ART遊覧(http://www.art-yuran.jp/)でもレビューを掲載。展覧会企画として、あいちトリエンナーレ入選企画「皮膚と地図」(http://skinandmap.blogspot.com/)、共同企画「柔らかな器」(http://yawarakanautsuwa.blogspot.com/)がある。のんびりした猫と同居。 e-mail: mizuta[at]gmail.com