公開日:2010年9月10日

マチエールについての考察 草間彌生1980s VS 中ザワヒデキ1990

コンピュータのマチエール

展示風景

絵の具などの描画材料がもたらす材質的効果や絵肌のことをマチエールという。
ギャラリーセラーにて開催(2010年7月2日-7月17日)された本展は、絵画の表面効果をテーマにした、草間彌生と中ザワヒデキらの二作家による絵画展である。丸いドットやモチーフを密に画面上に描いていく草間の作品と、普通は見せないようにするギザギザとしたジャギーをありありと見せている中ザワのCG作品の質感は対照的だ。

アクリル画の制作を経て、90年にはコンピュータを取り入れた制作を展開していく中ザワ。本展では《スイカワリ(大ボケツ第一番)》をはじめとする「バカCG」と評された作品群を展示した。

本展で展示されている作品は、今回改めて出力されたものである。それは、その当時はA4サイズ程度に出力したものを何枚もつなぎあわせて一枚の絵画に仕立てていたが、彼の意図したサイズで耐久性のある作品として制作できるようになったためという。コンピュータの処理性能がぐんと向上し、高精細なグラフィック表現が可能になった今、このコンピュータグラフィックのマチエールをどのようにみるか。多くの人が画像の荒れとして嫌うジャギーを、水彩や油絵具を扱うのと同じように、CGをつくるピクセルという画材の材質を彼は知っている。


「ただの技術上の発明ではない。ジャンルを作るという、芸術上の発明のはずである。」

彼は、96年には、ビットマップ方式で3DCGを描くパソコン用ソフトウェア「デジタルネンド」を発売している。従来、3D描画ソフトは、どれだけオブジェクトを拡大してもジャギーがでない、なめらかな曲線をつくるベクター方式を採用しているそうなのだが、平面画像を構成するピクセルに対して、立体画像を構成するボクセルを用い、塑像の肉付けをしていくように立体物を描くソフトウェアを開発した。表現技法と編集装置そのものがつまり「画材」。彼は、画材で作品を制作すること以上に、画材の発明それ自体が芸術、そして特許を進める作業そのものも芸術活動であるという。その発案から特許取得、特許の売却までの過程を記録したものは、先日『芸術特許』として書籍化された。

中ザワヒデキの名を初めて知ったのは、随分遅くにデッサンの練習を始めた頃と同じくらいだったか、書店で手に取った彼の著書『近代美術史テキスト』がきっかけだった。20世紀の画家フォンタナの解説ページには一筋の切れ目が入った、美術の歴史を解説したあの小さな本だ。黒い鉛筆一本で形と色彩を表現していくなかで、数々の完成された絵画や立体作品の見え方が変わっていったのはとても新鮮な体験だったものだ。
中ザワと草間は、多くの者が最初に出会う絵画空間との対話のよろこびを、真摯に追い続けている美術家である。本展は、両者の作品を比較することで各々のマチエールに対する表現が効果的に浮かび上がるよい機会であった。

Rie Yoshioka

Rie Yoshioka

富山生まれ。IAMAS(情報科学芸術大学院大学)修士課程メディア表現研究科修了。アートプロデューサーのアシスタントを経て、フリーランサー。エディター、ライターとして活動するほか、展覧会企画、アートプロジェクトのウェブ・ディレクションを務める。yoshiokarie+tab[at]gmail.com