東京文化発信プロジェクトとTABがタイアップしてお届けするシリーズ記事。第7弾は、下町情緒溢れる人気のスポット・谷中で繰り広げられた「ぐるぐるヤ→ミ→プロジェクト」を紹介します。[高木美希]
東京都台東区谷中。ここは関東大震災や第二次世界大戦による被害が少なく、これまで大規模な開発が行われてこなかったため、江戸情緒を感じられる古い街並みがそのまま残されているエリアだ。古民家を利用した個性的な雑貨屋や週末限定の定食屋などが多く点在し、猫に誘われ、路地を曲がれば、毎回新しい発見があり、冒険心を掻き立てられる。近くには東京大学や東京藝術大学があり、どことなく芸術的・文化的なムードが感じられるのも魅力。最近では隣接する文京区根津、千駄木とともに谷根千(やねせん)と呼ばれ、老若男女問わず人気の散策スポットだ。
そんな谷中界隈で展開されているのが「ぐるぐるヤ→ミ→プロジェクト」である。「ぐるぐる」とは、「ぐるぐる」まちや人にインスパイアされてうごめきだす、内発的な表現欲求の渦のこと。そして、この渦と出合い、触発され、街のあちこちで様々な活動や企画を通じて、渦をより多くの人に伝播させる人たちのことを「ヤ→ミ→」というそうだ。「ヤ→ミ→」たちによって、谷中に訪れた人々はさらなる「ぐるぐる」を沸き起こし、新たな「ヤ→ミ→」となってまたどこかへ歩きだす。その無限連鎖こそが「ぐるぐるヤ→ミ→プロジェクト」なのだ。
昨年に引き続き2回目の開催となる今年は、『茶会』を切り口に2つの参加型プロジェクトが行われた。
きむらとしろうじんじんによる「野点」
谷中霊園内こどもの広場で行われたのは、全国各地で移動式屋台にて旅回りのお茶会を開催している、きむらとしろうじんじんによる「野点」だ。参加者は、きむらとしろうじんじんが製作した素焼きの茶碗の中から好みのものを選び、その場で絵付けする。絵付けが終わった茶碗は40分ほど窯で焼かれ、出来上がったお茶碗でお抹茶を飲むこともできる、という仕組みだ。
それでは野点の様子を見てみよう。まずは、好みの茶碗を選んで絵付け作業から。 子どもも大人も、さらにはご年配の方まで、皆が夢中になって釉薬を素焼きの茶碗に塗っていく。「なんだかよく分からないけど」と好奇心に任せてふらりと会場に訪れ、参加した近所に住むおじいちゃんに対して、スタッフが丁寧に説明をしている。耳を傾けてみると、いつしか谷中のことについて語り始めたおじいちゃん。ふと、おじいちゃんに目をやると、実に楽しそうにほほ笑んでいた。
谷中妄想ツァー!!茶会
谷中はいくつもの路地が入り組んだ街。いつもの目的地でも、寄り道をして違う角を曲がりながら歩けば、違った景色が楽しめる。そんな街の特色を最大限に活用したのが、谷中妄想ツァー!!茶会である。
4人程度のグループに分かれ、与えられた地図を頼りに谷中を散策しながら、民家や空き地、寺や商店など、指定されたいくつかのポイントを回って、ゴールを目指す。道中では芸術っ子(若手のアーティスト)たちによる様々なパフォーマンスが繰り広げられる。資料によると、このパフォーマンスでツァー!!参加者をもてなすというのだが…。
それではツァー!!の様子をご覧いただこう。まずはクマイ商店内にある受付にてグループ分け。スタッフによる説明を受け、グループごとに地図をもらうといよいよツァー!!の開始となる。
地図を片手にしばらく道を進むと、一つ目のポイント、雑貨店『GATE OF LIFE』を発見。中へ入って説明を受けたら、『珈琲お守り』をつくることに。このツァー!!はパフォーマンスを見るだけでなく、参加者体験型なのだ。
大切な人への願いを込めてお守りを作ったら、最後にコーヒー豆と一緒に袋に詰めて完成。各々つくったお守りと一緒に記念撮影をしている間に次のポイントへの地図を描いてもらう。
地図で指定された場所にたどり着くと、待ち構えていたのは4人組。次の指令は運動会の定番、玉入れ。…一抹の不安がよぎる。2つの玉入れ籠の底にはチーム名が記されたゼッケンが。玉が多く入った方がどうやら私達のチーム名になる、とのことで頂きました!「たんぽぽレディース」…。(一同、脱力。)
以降、強制的にゼッケンを着用させられる羽目に。すれ違う人の失笑や逸らされた視線が、冷たい秋風とともに身体にしみる。こんなことも貴重な経験ととらえればどうってことない…のか。
突然、大きな悲鳴が聞こえてきた。いったい何事か、と思いながら進めば、だんだんその声が近くなってくる。どうやら、私たちが次にいくポイントのようだ。指示された場所は、いつも扉が閉まっている大雄寺。何気なく通りかかるにすぎない敷地に入れたことで、なんだか谷中の懐に一歩近づけたような気がして嬉しかった。いや、感慨に浸っている場合ではない。真っ黒な衣装に身を包んだこの男女は次の瞬間、大声で泣き叫んだのだ。
寺や墓は非常にデリケートな場所であり、通常は騒音が発生するイベント等はご法度なはずだ。しかし、ここではこうして何事かと言わんばかりの大声で男女が叫んでいる。谷中の文化・芸術に対する理解、懐の深さを実感した。
さらに2つのポイントをめぐると、ついに最終地点が地図に描きこまれた。谷中霊園内こどもの広場がゴールだ。 相変わらず、ゼッケンを指差しながら笑われること数回。いよいよゴールにたどり着くと、私たちのグループはまさかの一番乗り(!!)
妄想ツァー!!終了後、妄想マップが配布された。グループごとに巡るべきポイントが異なるため、自分たちが廻ったポイントについて、異なるグループで報告し合うなどの光景も見受けられた。妄想マップを片手に、ツァー!!ではどんなパフォーマンスが行われたのか妄想しながら、再び谷中を巡るのも楽しいかもしれない。
まちづくりやまち歩きにアートが用いられることは、もはや定番となりつつあり、全国各地で行われている。しかし、主催者だけが盛り上がって参加者が十分に楽しめないものや、まちづくりと称しながら、主役であるべき地域住民が不在のものなど、本来の目的を達成できない企画も多く存在する。そんななか、今回の2つのプロジェクトではスタッフ、地元住民を含んだ参加者が、それぞれ谷中に対する楽しみ方や新しい発見を出来るような仕組みになっていた。妄想ツァー!!はその特質上、スタッフも参加者も積極的に街に介入していくものであることから、たまたま谷中に居合わせただけの来街者に対しても、何らかの影響を与えるものとなり、「ぐるぐるヤ→ミ→」が起こっていたのではなだろうか。
最近の東京は下町が元気だ。入り組んだ路地、昔ながらの情緒と人情が、目まぐるしく変化する都会の喧騒に疲れた人々をほっとさせるだけでなく、こうした新しい潮流や文化に対する寛容さが存在する。とくに芸術・文化面で注目のスポットとなりつつある谷中で、次はどんな「ぐるぐる」が発生し、「ヤ→ミ→」たちに伝えられていくのか、ますます目が離せなくなった。
TABlogライター:高木美希 横浜生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。アートとは無縁の生活を送ってきたが、PR会社勤務時代に、現代アートと運命的な出会いを果たす。すぐれた作品に出会うとき、眠っていた感覚や忘れていた感覚が呼び起こされる、あるいは今までに経験したことのない感覚に襲われるあの感じが好き。趣味は路地裏さんぽ。他の記事>>