公開日:2014年5月3日

ステファン・ドイチノフ「JUREMA PRETA」インタビュー

ブラジル人ストリートアーティストによる教会が渋谷に出現

サンパウロを拠点に活動するアーティスト、ステファン・ドイチノフ(1977年ブラジル生まれ)の個展が渋谷のDIESEL ART GALLERYで開催されている。
ギャラリーに入るとまず、展覧会のタイトルでもあるJUREMA PRETA (ジュレマ・プレッタ = 黒のジュレマ)と言われる女性像がシンボリックに配置されているのが目につく。そして、その周りを十字架、植物、星や羽、地球を思わせる図像や、心臓を模したモチーフなど、数々のイコン(宗教的図像)に埋め尽くされた作品が取り囲む。ギャラリー全体を教会と見立てたとドイチノフ自身が語るように、まるで教会のような神聖な場所にいる気持ちになってくるインスタレーションだ。

Photo: Miki Matsushima
Photo: Miki Matsushima

■アーティストの生い立ち、制作背景
ドイチノフの作り出す世界が宗教的図像を多用している背景として、福音主義派の牧師の父のもとに生まれたことの影響は無視できない。ドイチノフと姉妹は幼い頃から教会の中で育ち、聖書は諳(そら)んじられるほど耳にしてきたという。
そのような環境の中で、アフリカ系ブラジルの民俗学や、キリスト教とアフリカの宗教儀式といったことに興味を持つようになったのは極めて自然なことだった。そして、3歳の頃から絵を描いていたというドイチノフは、錬金術や異教徒のシンボル、幾何学的な記号などを組み合わせ、彼独自の宗教アートの視覚的なボキャブラリを作り出してきたのだ。作品中に登場するイコンは、既存のイコンをそのまま転用したり参考にしているものもあるが、ほとんどすべて自分で作ったオリジナルなものだ。

ⒸStephan Doitschinoff
ⒸStephan Doitschinoff

Photo: Miki Matsushima
Photo: Miki Matsushima

ドイチノフの作品のところどころに現れる「N. A.」の文字は、「New Asceticism(新しい禁欲主義者)」を意味している。これは、彼が長年興味を持って追求してきたテーマを象徴している。というのも、ドイチノフは、17歳位の頃に政治に強い関心を持つようになり、ジョーゼフ・キャンベル(Joseph Campbell、アメリカの神話学者)などの本を熟読し、宗教における原理主義と政治における原理主義の共通点などについて彼なりに深く探究し、特にアナーキズム(無政府状態)について興味を持ってきたという。
あらゆることが聖書に基づいている西洋(キリスト教圏)にあって、「宗教や政治というものがどうやって人々をコントロールしたり社会に影響を与えたりするのかということに非常に興味がある」と語る。

Photo: Miki Matsushima
Photo: Miki Matsushima

■アーティストになったきっかけ
幼い頃から絵を描いていたとはいえ、ドイチノフは子どもの頃からアーティストになることを目指していたわけではない。
ティーンエージャーの頃は、洗車やスーパーの販売員、屋台での売り子など、さまざまなバイトに明け暮れていたという。そんなある日、友人の言葉をきっかけにアートの世界に入っていくことになる。
「僕には大金持ちの友達がいるんだけど、あるとき、『なんでそんなことやってるの?』って言われたんだ。『そんな風に働かなくても、雑誌にイラスト描いてみたら? アートディレクターの女の子たちはみんなかわいいし、イラストを描けばそれと引き換えにお金をもらえるんだよ』って。それで言われるがままにイラストの仕事を始めたんだけど、そうこうするうちにいろいろ頼まれるようになって、いつの間にか仕事になっていたんだ。」
その後、Saves the Day* やSepultura** らと仕事をするようになり、アルバムカバーにも使われるようになったのは、知る人ぞ知るところだ。

Photo: Miki Matsushima
Photo: Miki Matsushima

Photo: Miki Matsushima
Photo: Miki Matsushima

■技法について
ドイチノフの作品はいわゆる「ストリート・アート」として捉えられることが多いが、ストリート・アートに特徴的なステンシルはほとんど使わない。比率にすれば1%位しかないそうだ。
ドイチノフは、一つの作品の中でできるだけ色々な技法を試してみたいという。その技法は、陶器や木による立体作品から、ペインティング、木版画、シルクスクリーン、リトグラフなど、多岐にわたり、さらに空間全体をインスタレーションとして彼独自の世界観を作り出している。また、大型の作品を作るには、まず小さいサイズで作品を制作してから、それをトレーシングペーパーを使って手作業で最終的に5倍位まで拡大していくという特殊な方法を編み出したという。
宗教、伝統、文化などの主題を背景にオリジナルのイコンが散りばめられ、明るい色彩センスで彩られた彼の作品は、ブラジル人としてのアイデンティティを探し求める作業の結果であると同時に、神聖な空間をも構築する。今回のDIESEL ART GALLERYでの展示は、まさに渋谷の地下に出現した新しい教会といった印象だ。

Photo: Miki Matsushima
Photo: Miki Matsushima

Photo: Miki Matsushima
Photo: Miki Matsushima

ドイチノフにとって、日本での展覧会は今回が初めてであれば来日も初めて。インタビューを行った展覧会初日は来日して4日目だったが、すでに「すごく気に入ってもうこのまま住みたくなったよ!」とすっかり日本が気に入った様子。
日本ではめったに見ることができないブラジルのアート。サッカーのワールドカップでブラジル熱も盛り上がる今年、ぜひ足を運んでみてほしい。5月23日(金)まで開催。

ステファン・ドイチノフ
Photo: Miki Matsushima

ウェブサイト
http://www.diesel.co.jp/art/

* Saves the Day:アメリカのオルタナティブ・ロック・バンド
**Sepultura:ブラジル出身のヘヴィメタルバンド

Rei Kagami

Rei Kagami

Full time art lover. Regular gallery goer and art geek. On-demand guided art tour & art market report. アートラバー/アートオタク。オンデマンド・アートガイド&アートマーケットレポートもやっています。