公開日:2014年6月4日

宮川ひかる「Fleshing」インタビュー

皮膚に古代壁画を刻み込み、人間の根源的な創造への欲求を再確認する

「Fleshing」展フライヤー
「Fleshing」展フライヤー

今年の3月に開催された「3331 ART FAIR」で、久しぶりに宮川ひかるの作品に出会った。
太陽に向かって飛ぶ鳥のデザインを、自分自身の背中に傷をつけて刻んだイメージをメインに、身体をマテリアルとした展示だったが、「住吉智恵(TRAUMARIS主宰/アートプロデューサー)賞」に選出され、現在恵比寿NADiff A/P/A/R/Tの「TRAUMARIS|SPACE」で個展を開催中だ。

宮川ひかるの国内初個展は、高橋コレクションでの「Trip of Hikaru」展(2006)。自らの肌に血で描かれたチェーンベルトとネックレスのセクシーな作品『Cécile Belmont』の強烈な印象が脳裏に残っていた。

そして、今回の個展では、パートナーの背中にアルタミラの壁画の野牛のモチーフをカッティングし、写真に収めて布にプリントした作品や、壁画に描かれた狩りの様子を金地のいわゆる「痛ネイル」に施した写真作品などの新作を発表している。

《Index》 (2014)
《Index》 (2014)

展覧会タイトルである「fleshing」は、英語で「肉体」を意味する「flesh」の現在分詞。肉のカッティングから狩猟、戦闘まで、様々な状況で道具や腕を「能動的にためす」という意味をもつことに注目したという。

Q:宮川さんは長年ヨーロッパにいらしたということですが、ヨーロッパで勉強したことが制作活動にどのように影響を与えていると思いますか?
A:私はフランスに7年、その後スイスに2年滞在して美術を学びましたが、フランスの学校では時事問題や社会問題を取り入れた作品をつくる傾向が強かったです。授業の外でも、時事問題についてずっと議論していたりして、そのような環境にいて、フランス人の視点を通してものごとを見られるようになったのはよかったと思います。またその間に、ジャンニ・モッティ(Gianni Motti)という先生に出会い、彼の作品にも大変影響を受けました。

Q:宮川さんの初期作品に、ブランドバッグを紙で模造して路上で売るというゲリラ的な作品がありましたが(*)、それはどのようなコンセプトだったのでしょうか?
A:私はもともと、「目に見えない価値をビジュアル化」することに興味がありました。ルイ・ヴィトンの作品を作ったときも、チープなマテリアルから高級ブランドの持つ価値という目に見えないものをビジュアル化したいと思ってつくりました。

(*)宮川はルイ・ヴィトン150周年記念の年に、モノグラムのバッグを日本の折り紙で精密に複製し、正規の値段をつけてルイ・ヴィトンのパリ本店前で路上販売し、警察に連行されるという体当たりのパフォーマンスを敢行している。

Q:そこから身体改造を連想させる、身体に傷をつけて絵を描く作風に変化してきたのはなぜでしょうか?
A:カッティング(身体に傷を付けて描く)による作品も、「目に見えない価値をビジュアル化する」ということの延長で、非物質化したジュエリーをつくりたいと思ったことがきっかけです。

《Main》 (2014)
《Main》 (2014)

Q:いつ頃からカッティングの作品を作り始めたのですか?
A:(フランスから)ジュネーブに引っ越して数ヶ月経った頃に「ポスター・プロジェクト」(2006)という作品を発表したのですが、ルイ・ヴィトンの作品を作ったことがきっかけでファッションやジュエリーにも興味を持つようになったので、先の「目に見えない価値を物質化」するというのをカッティングでやってみようと思いました。そこで、友人がデザインした架空のブランド品やジュエリーのモチーフをカッティングして写真に撮り、架空ブランドの広告ポスターに仕立てて街に貼るということをやりました。

Q:カッティングを用いた作品は、それが初めてですか?
A:いえ、その前に、これはもう作品としては残していないのですが、手のひらの生命線を伸ばすために、生命線の下端から手首の方までカットを入れるという映像作品を作ったことがあります。

Q:手首の方まで傷を入れたんですか? 怖くなかったですか?
A:いえ、それが不思議とスカッとしたんですよ。痛みが脳内物質を刺激するというか。あと、手首の方までカットを入れることがリストカットを連想させるので、生命線を長くするという行為と、自傷行為を連想させる行為との矛盾性がおもしろいと思いました。

Q:カッティングや身体改造にはいつ頃から興味を持ったのですか?
A:中学生くらいから入れ墨には興味がありました。それから、民族的な儀式として行われるスカリフィケイション(*)にも興味を持っていました。

(**)scarification:自由意志による嗜好から、医療用メスや器具などを用い、皮膚に傷を付けることによって、肉体に模様を描いて痕を残す身体改造・身体装飾の方法(Wikipediaより)。

《Bison A》 (2014)
《Bison A》 (2014)

Q:今回の展示でアルタミラをモチーフに選んだ理由は何ですか?
A:2008年頃、アウシュビッツを訪れる機会があったのですが、そのときにもの凄いショックを受けたんです。チクロンBの缶(収容所で使われた毒ガス)とか髪の毛で編んだ絨毯とか、そういうのがごろごろ転がっていて、こんなにたくさんの犠牲者たちが作った基盤の上で生きているということ、そしてテレビをつければ今も紛争のニュースばかりだし、もうこのようなことが行われている地球に参加していること自体が嫌で仕方ないということばかり考えてしまいました。
そんな時に洞窟絵画に出会って、そこから抜け出せたんです。というのも、今から約1万5千年も遡った時代にも、人類は絵を描いていたということ、そしてそれを、現代を生きる私たちが引き継いでいると考えたとき、とてもポジティブな気持ちになれたんです。また、アルタミラの壁画は特別赤い色で描かれているんですが、それを血という、人間にとってもっとも根源的なインクを使って再現したいという想いがありました。また、同じスペインのレバントの岩陰壁画といった古いモチーフを痛ネイルという新しいものと組み合わせてみたいということもありました。

《Natsu's Pure》 (2014)
《Natsu's Pure》 (2014)

Q:今回と3月の3331での展示でも刺繍を使った作品がありましたが、身体を支持体とする以外に刺繍という手法を採用した理由は?
A:展覧会場に展示された絵は、普通は、人に見られるために描かれたものです。それに対してタトゥーはもっとパーソナルで、人に見られることというよりは、むしろ自分のためのものなので、見られるために描かれた絵とは作られたきっかけが違うのもおもしろいところだと思っています。そのように、見られることを意識せずに作られた図を物質化して壁に飾りたいと考えたときに、刺繍という手法を思いつきました。針を使うという点でも身体改造に通じるところもありますし、写真だとルポルタージュになってしまうので。布にプリントしたのは、壁画が描かれた洞窟の壁は平らではないので、流動性のある素材にプリントして、風などで動くように展示したかったからです。

Q:今後つくりたい作品の構想はありますか?
A:フランスにいるときには社会的なことを取り入れた作品ばかり作っていましたが、日本はサブカルチャーが豊富でおもしろいところなので、今後はそういうものを取り込んでいきたいと思っています。私はデパートメントH(***)に毎月行っているのですが、日本には本当におもしろい、アウトローなサブカルチャーがたくさんあると思います。今回も「痛ネイル」の作品でネイルショップに行ったりしたのでそれももっとやっていきたいですし、東京でも街ごとに固有なカルチャーがあったりするので、新しいカルチャーを開拓しつつ、作品に取り入れていきたいです。

(***)デパートメントH:都内最大級とされるフェティッシュ・イベント。毎月第一土曜日に開催されている。

インタビュー中に来場した学生と見られる若い女性たちが、作品を見ながら「痛い、痛い」と声をあげていた。血が滲むビジュアルが生々しいのは確かだが、宮川は、血という絵の具と身体というキャンバスという、もっともプリミティブな素材で絵を描くという行為を楽しみ、また、作品を通じて視覚的に痛みを感じさせることで、生きているという実感さえも私たちに与えてくれる。
なお、今展の後は7月19日から8月10日まで、3331で個展を開催予定。

TRAUMARIS|SPACE 宮川ひかる展 「Fleshing」

Rei Kagami

Rei Kagami

Full time art lover. Regular gallery goer and art geek. On-demand guided art tour & art market report. アートラバー/アートオタク。オンデマンド・アートガイド&アートマーケットレポートもやっています。