公開日:2016年5月3日

カブキの知識でもっと愉しむ!「俺たちの国芳 わたしの国貞」展

江戸文化の「お約束」を少しだけ知って、浮世絵をもっとディープに楽しんでみませんか?

Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」、通称「『くにくに』展」。渋谷へ買い物に出たら、ぜひ寄ってみてください。3番b出口を出て3分も歩けば、もうすぐそこ。
・(自分は着ないけど)派手なファッションも好き!
・細かなこだわりが感じられるモノって、たまらない!
・なんだかんだで、アイドルを見るのは楽しい!
こんな人は全員行くべきです。なぜなら、これらが全ていっぺんに味わえるから。「浮世絵」と聞いて、教科書で見た「富士山」「橋」「浪」「真っ黒な背景に真っ白な顔のアップ」を思いうかべていませんか?そんな思い込みを「くにくに展」がドッカーンと粉砕してくれるでしょう。

右上のしゃれこうべに注目!
右上のしゃれこうべに注目!
「くにくに展」のプロローグを飾る極彩映像

会場に足を踏み入れたら、まずは華やかなビデオ映像が流れているスクリーンに目を奪われるはず。向かって右上に球状の提灯のようなモノがあるのに注意してください。プロジェクションマッピングで浮かび上がったのは、江戸の「俺たち」が愛したという髑髏(しゃれこうべ)。

展覧会では、まず伊達男たちが出迎えてくれます。展覧会のチラシやポスターに使われている伊達男「野晒悟助」(写真右)が着ている着物や顔のそばにある下駄にも髑髏があしらわれています。これは悟助のモットーである「人の災いを省くこと髑髏中の草を抜くが如くせよ」…つまり意訳すれば「しゃれこうべが野原にほったらかされて(=野晒)目の穴を突き抜けて草が生えてしまったのを抜くように、かえりみられなかった人々の無念を晴らしスッキリさせること」をうけて、国芳が髑髏をデザインしたものなのです。

大きな髑髏柄以外にも、ここに集められた伊達男たちの装いはとにかく派手!龍や獅子をはじめとする神獣をあしらったり、赤い下着と青い着物といった補色的な色合わせが特徴です。これでもか!これでもか!と言わんばかりの、色と柄の大洪水にもみくちゃにされれば、イメージしていた「富士山」「橋」「浪」がかすむような気分になるはずです。

展示の構成としては、「俺たち」と「わたしたち」を対比しながら、それぞれの幕のなかでテーマを細かく分けています。この分類にも、「物怪退治英雄譚(モンスターハンター&ヒーロー)」「今様江戸女子姿(エドガールズ・コレクション)」…といちいち凝ったタイトルがつく徹底ぶり。
今回の記事でお届けするのは、ズバリ、解説文(キャプション)にも書かれていないような「小ネタ」です。憶えていればニヤリとできるポイントをおさえたら、ぜひ会場へ足を運んでください。140年ぶりの大規模な展覧会のためにアメリカ東海岸からはるばる海を渡ってやってきた1枚1枚を、じっくり味わい尽くしてしまいましょう!

「元ネタ」を知れば、わかる!絵師とファンの遊び心
今回ボストン美術館からやってきた作品は総勢約350枚。
「たくさんあるのは嬉しいけど、どこを見たらいいんだろう…」
「どれもこれも色が綺麗で、職人ワザなのはわかるけど、それ以上にどこを見ればいいの?」
こんな気持ちになってしまうのは、当時の「お約束」とでもいうべき「元ネタ」がわからないから。これは、じつは画面にも、作品のタイトルにも大量に潜んでいます。もし少しでも分かったなら、作品の前でニヤリとしてしまうこと間違いなし。というわけで、「元ネタ」の一部を、「一幕」と「二幕」あわせて13ある段のなかからぜひ見てほしいイチオシ作品とともにご紹介します!

そもそも、あの描き方って…?
「描かれている歌舞伎役者は全員が同じ顔に見えて、どこがカッコイイのか疑問。」
「『美人画』って言うけど、目が細くて鼻が大きくて、正直なところ、美人とは思えない」
たしかに初めは親しみが持てないかもしれません。でも、見方を変えてみてほしいのです。「こういうふうに描くのが流行だったんだな」と。マンガやアニメ、ゲームなどのイラストの表現を思い浮かべてみてください。それぞれのジャンルがそれぞれのルールに従ったやりかたで「格好よさ」、「カワイイ」や「美人さ」、「主役っぽさ」、「ライバルっぽさ」を表現しています。しかも同じジャンルのうちでも著しい「流行」があります。そこにある魅力は「リアルさ」ばかりではないですよね。浮世絵もマンガのように絵師や流派、時代によって絵柄が変わっていきます。それぞれの絵師が、自分だけが描くことのできる「伊達男」「美人」「英雄」「妖怪」…を追及しているのです。

知っておけばナットク!「やつし」と「見立て」
出品されている作品には、小説や伝説、お芝居などの元ネタを踏まえつつ、遊女や役者や土地を表現しているものが多くあります。そのさい使われる手法が「やつし」や「見立て」と呼ばれるイメージの遊び。これは絵を使った駄洒落…もとい、ラップのようなもの。ラップが「音」を揃えるのに対し、「見立て」と「やつし」は「形」を揃えます。

元ネタが「虎退治をするヒーロー」ならば、見立てて出来た絵は「仔猫を手なずける遊女」というぐあい。絵としては元ネタのおきまりの構図やポーズを踏襲していることが多いです。さらに、「見立て」は関係のないもの同士を結びつけます。いかに予想を裏切りつつ説得力ある取り合わせができるかが江戸っ子を「うまいね!」と言わせるポイント。これに対して「やつし」は「身をやつす」と言うように、登場人物に誰もが知る有名作品のコスプレをさせるようなもの。古典的な作品(たとえば当時人気があったのは「伊勢物語」「源氏物語」「三国志」など)を「現代」ふうに描(書)き換えたら…と想像して愉しみます。2016年現在でも充分通用している手法です。

「見立て」「やつし」を探すコツ
・タイトルをチェック! - 漢字の意味と読みをフル活用。有名作品をもじった遊び心満載なタイトルが付けられています。
・特徴的なアイテムをチェック! - 画面の中で目につくモノがないか探してみましょう。何枚かセットになっている場合は、どこが同じでどこが違っているかに注意して見るとわかりやすいですよ。
・勘を働かせる! - 「これ、じつは何かあるんじゃないかな」こう思うだけで、一枚の絵をよりディープに楽しめます。

「見立て」に宿る、ミルフィーユのようなイメージの重なりを読みとろう!
展覧会の序盤に、さっそく「見立て」が発揮された作品があります。ただ見ても充分に綺麗なのですが、ちょっと注意して見てみてください。

歌川国貞「当世好男子伝」松 - 「九紋龍支進(くもんりゅうししん)に比す のざらし語助」三代目市川市蔵、「花和尚魯智深(かおしょうろちしん)に比す 朝比奈藤兵衛」初代中村福助、「行者武松(ぎょうしゃぶしょう)に比す 腕の喜三郎」初代河原崎権十郎 安政五年(1858) 7月 大判錦絵三枚続

歌川国貞「当世好男子伝」 竹- 「張順(ちょうじゅん)に比す 夢の市郎兵衛(ゆめのいちろべえ)」八代目片岡仁左衛門、「公孫勝(こうそんしょう)に比す 幡隨意長兵衛(ばんずいちょうべえ)」五代目市川海老蔵、「林中(りんちゅう)に比す 鮫鞘四郎三(さめさおしろうざ)」五代目坂東彦三郎 安政六年(1859) 4月 大判錦絵三枚続

歌川国貞「当世好男子伝」梅 - 「楊志(ようし)ニ比ス 唐犬権兵衛」三代目嵐吉三郎、「阮小(げんしょう)ニ比ス 團七九郎兵衛(だんしちくろべえ)」四代目市川小團次、「小三娘(こさんじょう)(に)比ス 奴ノ小万」三代目岩井粂三郎] 安政六年(1859) 8月 大判錦絵三枚続

みんな粋で威勢のいい江戸っ子という雰囲気ですね。でも、ただの江戸っ子じゃないんです。
まずはタイトルを見てみましょう。白抜きの枠囲みに刷られた「当世好男子伝(とうせいすいこでん)」が、この連作のタイトルです。タイトルで「流行りの人気者たちをずらりと並べる錦絵」と宣言しています。しかもその人気者たちを「水滸伝」(当時の庶民にも人気の高かった中国の時代物小説)の登場人物に見立てていることもわかります。「好男子」は当て字なんですね。そして当時の人気者といえばやっぱり歌舞伎役者。右上の赤い囲みには一枚ずつのタイトルがあり、そこを見ると、「~~に比す〇〇」とあります。「~~」が「水滸伝」の人物、「〇〇」が侠客の名前にあたります。侠客とは、剛(つよき)をくじき柔(よわき)を助ける、漢気あふれるキャラクターのことです。
次に、特徴的なアイテムがないか探してみましょう。全員が迫力たっぷりの派手で大きな柄の着物を着て、てぬぐいを首元にきりりと巻き、見ているわたしたちに腕や肩、胸の入れ墨を見せつけています。というのも、1人1人が侠客に扮しているのです。それぞれ個性豊かですよね!ちなみに当時は歌舞伎の舞台でも侠客ものが大ブーム。情に厚く義理堅く、気前がよくて粋でいなせな、現代のわたしたちが思いうかべる江戸っ子らしいイメージで愛されていました。そんな侠客のシンボルともいえるのが、入れ墨。市井でも「我こそは!」という人々による入れ墨の品評会があったほどといいますが、役者たち自身がこの入れ墨をしていたというよりも、国貞が工夫として描き込んだものと考えられます。

この作品、とにかく鮮やかな色と細密な描写が目を引きますが、実はそれだけではありません。「カッコイイ男」のイメージを「歌舞伎役者の似顔絵」としてだけでなく、キャラの立った「水滸伝の登場人物」と「侠客」の性格も重ね合わせて表現しているのです。まさに「男前」のミルフィーユ。当時の人々にとっては1枚で3度おいしく、かつ「松」「竹」「梅」と取り合わされた9人分を全て揃えたくなる。そんなコレクター心理をくすぐる戦略もあったのではないでしょうか。現代でもアイドルグループやアニメキャラが、雑誌の企画やミュージックビデオで「マフィアもの」「学園もの」のようにコスプレをすることがありますが、それは「見立て」が源流にあると言えるかもしれません。ちなみに「松」「竹」「梅」は、背景にしっかり表現されています。

巨大な蛙が屋根の上に出現!!

歌川国貞「天竺徳兵衛実ハ義仲一子大日丸(てんじくとくべえじつはよしなかのいっしだいにちまる)」 安政四年(1857) 3月 大判錦絵竪ニ枚続

縦長の構図で高さを強調したこちらは、歌舞伎の舞台でのクライマックスシーンを描いたもの。舞台は武家屋敷。そこに侵入したものの、追い詰められてしまった主人公・天竺徳兵衛(画面上部)が呪文を唱えると、あたりは靄につつまれます。そして、のっしのっしと屋根の上に現れたのは巨大なガマガエル!侵入者を捕まえようとやってきた侍たち(画面下部の2人)もビックリ仰天。徳兵衛の命じるがままにガマは火を噴き、敵を蹴散らします。徳兵衛はガマの妖術をあやつって天下を獲るべく、その場を悠々と逃げおおせるのです。

歌舞伎の舞台ではからくりじかけの舞台装置を駆使して、なにもない空中から巨大なカエルが現れるさまを表現していました。舞台を実際に観た人たちは、この絵を指さして「カエルがとんでもなく大きくて、あやうく天井を抜きそうだったんだぜ!」とか、「金色の目がぎょろぎょろ動くんだから!」などと語り合ったに違いありません。「そんならひとつ観に行ってみるかな」なんて会話があったかも。

海の底で作戦会議。

歌川国芳「大物之浦海底之図」 嘉永四、五年(1851-52)頃 大判錦絵三枚続

群青が美しい背景に、魚やエビ、カニ、エイにタコ。海中を生き生きと描いた浮世絵は珍しいですよね。ところが、人物の姿かたちに注目してください。画面左で戦況を報告する武者の顔は血みどろ!しかも中央の武者をはじめ、全員が蒼い顔をしています。どうやらここにいるのは皆、死人のようです。いったいどうなっているのでしょう。

これは「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」という長~いお芝居のうちの一場面である「大物浦(だいもつのうら)」という段の後日譚を国芳が想像して描いた作品です。「義経千本桜」は人間関係が複雑に絡み合ってとても面白い物語なのですが、この作品に直接関係するのは「碇知盛(いかりとももり)」とも呼ばれる、「大物浦」の段のラストシーン。
時は平安末期。源氏と平家が「屋島の合戦」で争うとき。平家の武将・平知盛(たいらのとももり、清盛の四男)は、源義経に追い詰められてしまいます。知盛は「もはや、これまでか」と自らの身体を船の碇に結びつけ、その碇もろとも海に飛び込みました。自分の死体が源氏に引き上げられて首が晒しものになることを避けるためです。それを見ていた源氏は、知盛の潔さと豪快な最期に涙するのでした。

絵の背景に鎮座する、3枚すべてにわたるほど大きな褐色の物体は、知盛が己に結わえつけた碇です。この作品では、死してなお義経を追おうと海底で作戦会議を繰り広げる平家の人々が描かれているのです。ちなみに、この平家の怨霊が乗り移ったと伝わるのが、日本近海でみられるヘイケガニ。甲羅の模様が憤怒する人間の表情に見えることから、カニを捕まえた人々が「平家の武将たちの無念があらわれている」と考えたのだとか。よくよく見れば、知盛はかなり巨大なカニの上に座っています。知盛は恨みもそうとう大きいだろうと国芳は考えたのでしょうか。

妄想がひろがる揃物役者絵シリーズ

歌川国貞「御誂三段ぼかし(おあつらえさんだんぼかし)」-「浮世伊之助(うきよいのすけ)」三代目岩井粂三郎、「葉哥乃新(はうたのしん)」初代河原崎権十郎、「野晒悟助」四代目市川小團次、「夢乃市郎兵衛」五代目坂東彦三郎、「紅の甚三(もみのじんざ)」二代目澤村訥升、「堤婆乃仁三(だいばのにさ)」初代中村福助] 安政六年(1859)

展覧会もなかば、華やかなアイドル集団が登場します。こちらの「御誂三段ぼかし(おあつらえさんだんぼかし)」は、背景の模様をタイトルにとったもの。役者たちのトレードマークである紋(歌舞伎役者は家の紋以外に自分専用の紋も持っています)を明るい色で染め抜いた「おあつらえ(オーダーメイド)」の布地を模しています。人物のほうは、浴衣と手拭い姿で侠客に見立てられた人気役者たちがズラリと勢ぞろいするもの。そう、最初にご紹介した「当世好男子伝」と構造はほぼ同じなのです。ちなみに描いているのも同じく国貞。なのに、この雰囲気のちがい!役者の魅力を描くことが得意な国貞は、全身像から上半身のアップ、背景や着物の雰囲気を変えたいろいろなタイプの役者揃絵をリリースしています。みなさんはどれがお好みでしょうか?

歌川国貞「あづまのわか手五人男」-「かりの文吉」三代目澤村田之助、「雷門の正」初代河原崎権十郎、「極印の仙」四代目市村花橘、「あんの平」三代目市川市蔵、「布袋堂ノ市」四代目中村芝翫] 文久三年(1863)
こちらの「あづまのわか手五人男」のように、現実では仲の悪い役者同士が同じ作品内に組み込まれることも。舞台上では実現しない「夢の組み合わせ」であったり、はたまたゴシップ要素も盛り込まれたりで、ファンの妄想がかきたてられたことでしょう。

こちらは特設ショップのガチャガチャ。国芳の作品に描かれたモチーフを立体化した『歌川国芳根付』が手に入るとあって、大人気だとか。定番のポストカードや手拭いはもちろん、「猫みくじ」をはじめとしたポップなオリジナルグッズが並ぶ特設ショップも要チェックです!

奇譚クラブとのコラボグッズ『歌川国芳根付』全3種類
奇譚クラブとのコラボグッズ『歌川国芳根付』全3種類
あまりの人気で一時は販売休止に。現在は販売を再開
踊る猫又
踊る猫又
「ガチャガチャにチャレンジしてワシをゲットするのニャ」

いかがでしたでしょうか?
歌舞伎のあらすじや「見立て」「やつし」に関するちょっとした知識があるだけで、浮世絵のみどころがつかめてきます。繊細な描写で生き生きした人々を描く国貞と、画面を満たす迫力やドラマティックさで圧倒する国芳。ふたりは同じ師匠・歌川豊国につきながらそれぞれ異なる個性を発揮しましたが、ともに表情の機微、着物の柄のひとつひとつまでも作り込んであるので、どちらも見応えは尽きることがありません。また、ここでは紹介しきれなかったユーモア、スペクタクル、ファンタジーにあふれた作品もたくさん出品されています。保存のため今後5年はお蔵入り確実というボストン美術館の「くにくに」が見られる機会をお見逃しなく。
今なら、ミューぽん利用で入場料がおトクです!ぜひぜひ、じっくりたっぷりと、旧くて新しい浮世絵をお楽しみください!

「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」展 公式ホームページ

[TABインターン] 大芝瑞穂: アートへの関心を西洋美術史からスタートしながら、歌舞伎鑑賞を趣味に持つ大学生。今後は、TABが数多く掲載している現代アートのギャラリーにも挑戦していくつもりです。

TABインターン

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学生からキャリアのある人まで、TABの理念に触発されて多くの人達が参加しています。3名からなるチームを4ヶ月毎に結成、TABの中核といえる膨大なアート情報を相手に日々奮闘中! 業務の傍ら、「課外活動」として各々のプロジェクトにも取り組んでいます。そのほんの一部を、TABlogでも発信していきます。