公開日:2017年6月30日

白石正美インタビュー:アートの価値は、アートに関わる人すべてによって作られる

東京のアートイベント情報の現在とこれから − アートと谷中の魅力を一緒に伝える

Tokyo Art Beatでは、数年に一度TABユーザやアートイベント(以下、イベント)に足を運ぶ人を対象としたアンケートを行ってきました(2011年2014年)。2016年は、イベントに足を運び見に行く人々=「Art-goer」の、情報収集から鑑賞後までの行動を調査するため、オンラインアンケートとインタビューからなるリサーチを行ないました。インタビューでは、イベントを開催する側やメディアなどの関係者に、広報についての取り組みや考えを訊ねました。その結果を報告書『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』より抜粋して掲載します。
2020年を控えた東京で、今後より多様な「Art-goer」がアートイベントに足を運び、その体験から豊かさや刺激を得るために、Tokyo Art Beatは発信を続けてまいります。

『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』企画インタビュー第一弾
白石正美インタビュー:アートの価値は、アートに関わる人すべてによって作られる

――SCAI THE BATHHOUSEでは普段、どのような情報発信をされていますか?

白石: 展示については、ホームページやTwitterでの告知、個人やメディアに向けたDMやメール、プレスリリースの送付などを行なっています。うちはコマーシャルギャラリーなので、当然、まずクライアント(コレクター)に作品を見てもらいたいわけですが、一般のアートファンにも届くよう、さまざまなかたちで情報を流しています。DMは、国内外に約2000通を発送。プレスリリースなどは日英併記で、あまり知られていない作家の場合は、より詳しく作家の情報を記すなどの工夫をしています。

――クライアントとそれ以外では、情報の出し方に違いはあるのでしょうか?

白石: 基本的には同じですね。ただ、クライアントには電話や直接訪問のかたちで、事前に「ぜひ見てください」というお声掛けをしたりもします。現在では、インターネット上での取引も普通に行われますが、僕らが大切にしているのは、やはり、実際に足を運んでもらうということ。うちの場合、古い銭湯を改修してギャラリーにしていたり、谷中という歴史ある下町の街の中にあることもあって、その気持ちはとくに強いんです。実際、国外か国内かに関わらず、展示が目当てというより、谷中の街並みや、この建物を見たいという動機で足を運んでくれる方も多いです。

――白石さんはこのギャラリー以外にも、喫茶店やパン屋、古い三軒家を改修した複合施設「上野桜木あたり」など、周辺でさまざまな取り組みを行なっていますね。

白石: もちろん、「この作家を見てほしい」という思いがコアにあるのですが、いまアートを見ること自体が、生活と密接な関係にあると思うんです。たとえば美術館に行くにしても、そこで誰かに会ったり、美味しいものを食べたり、そういうことの総体で一日ができあがりますよね。台東区には、「たいとう歴史都市研究会」という古い街並みの保存を目的にした会があって、喫茶店や「上野桜木あたり」などの施設は、彼らとの関わりからも生まれたものです。この土地で活動する以上、そうした総合的な体験を提供しながら、ギャラリーを訪れる動機を作りたいと思うんです。

写真撮影: 上野則宏 <br> Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE
写真撮影: 上野則宏
Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

――その街の魅力は、既存のアートメディアで存分に伝えられていますか?

白石: そうした情報は、アート以外の街歩き系の雑誌で紹介されることが多いです。ただ海外には、うちも紹介されましたが、ポートランド発のライフスタイル誌「Kinfolk」など、アートと生活の楽しみを一緒に紹介している媒体もあります。実際、コレクションを楽しむ人は、生活そのものを楽しむ意識が高い人たちが多い。日本においても、そんな切り口の媒体がもっと増えると面白いんじゃないかと、個人的には思いますね。

ギャラリーの連携でアートへのアクセス性を高める

――白石さんはこの土地で23年、それ以前は表参道でアートスペースの運営に関わっていましたが、ウェブやスマホの登場は、展示情報の発信を変えたと思いますか?

白石: ウェブのことは、自分があまり使ってないので不確かだけど、数あるSNSの中ではInstagram(以下、インスタ)がアートとの相性が良いと感じますね。海外のアートフェアに行くと、ギャラリー同士で作品写真をインスタに上げ、どちらが多く「いいね!」を集めたかで盛り上がったりしていますよ(笑)。「ジェフ・クーンズに勝ったぞ」なんてね(笑)。

――TABでも、近年はTwitterよりインスタへの投稿の方が反応は良いです。

白石: ビジュアルメインですしね。それにアートフェアだと、広すぎて短時間では回り切れないでしょう。それを、ギャラリーなどの投稿で補完できるのは大きいのかなと。さらに細かいことで言うと、「ある作家が有名コレクターと一緒に写真を撮っていた」なんて情報も入る。だから、従来なかった情報源にはなっているかもしれないですね。

――そのアートフェアをはじめ、白石さんは海外を訪れることも多いと思います。東京と比べて、アートと人々が出会う機会の差を感じるようなことはありますか?

白石: 差ではないけど、再発見したことならあります。先日、3年ぶりにソウルに行ったのですが、2013年にできた国立現代美術館ソウル館の周辺に、ギャラリーが多く集積していたんです。しかも、どこも日本に比べてスペースが広い。東京でも、以前あった清澄白河のギャラリーコンプレックスの代わりに、六本木や天王洲にそうした場所ができていますが、一箇所に集まることの重要性は、そこであらためて感じましたね。我々もこの谷中をメインにしつつ、駒込倉庫という新しいスペースを作り、今後、寺田倉庫が作った天王洲のコンプレックスビルにもスペースを作る予定です。一口に現代アートと言っても、近年では歴史が積み重なり、いろいろな分化が必要になっている。だから、駒込では若い作家を中心に実験的なことをやり、天王洲の方は倉庫にしまってあるようなものを再構成しながら常設的に見せる、などといった使い分けを考えています。

2016年にオープンしたスペース「駒込倉庫」外観
2016年にオープンしたスペース「駒込倉庫」外観

――ギャラリーとしては、単純に情報の出し方を工夫するだけでなく、ある目的を持った人が来やすいような環境を連携して作っていくことも、重要ということですね。

白石: そうです。それもあって最近、東京のギャラリストなどが中心になり、「現代美術商協会」という組織を立ち上げました。これまでギャラリストの集まりというと、「東京美術商協同組合」という、売り買いを中心にした互助システムのようなものはあったのですが、今回はより、ギャラリーが持っている問題意識を共有して、その社会的な地位を高めるための組織になっています。たとえば、文化庁などへの発言力も、こうした組織があることで強くなる。そんな組織の構築を、いま我々も進めているところです。

駒込倉庫での「囚われ、脱獄、囚われ、脱獄『今日の始まり』」展示風景
駒込倉庫での「囚われ、脱獄、囚われ、脱獄『今日の始まり』」展示風景

観客数の先にある、「アートの本道」を考える

――情報の流通という観点から、今後期待されていることはありますか?

白石: 情報が届いて、多くの人が動く。そのことはもちろん重要なのですが、ギャラリストとしては「そのあと」が気になります。今回のインタビューの趣旨を覆すようだけど。いま芸術祭が大流行していますよね。それらの多くを見ていると、まちおこしにアートを使うことがメインになっていて、アートに対する意識が先にないように感じるんです。多くの人がその場所を訪れて、土地が元気になるのは良いことですが、その先のアーティストのケアはどうなっているんだろうと。若い作家は、「場」があればどこでも行きます。でも、そこでエネルギーを消費してしまい「展示を見てくれて良かった」で終わっていたら、アートは本当の意味で根付かないし、そこから何も生まれないと思うんです。

――人が動員されること自体は良いことだけど、その後、アーティストやアートが意味あるものとして残っていくための道も、ギャラリストは考えなければならないと。

白石: ええ。そのためには、ギャラリーがもっと力をつけなくちゃいけない。日本には優れた作家がたくさんいますが、以前よりはだいぶマシになったとはいえ、海外に比べれば圧倒的にギャラリーに力がついていません。でも、せっかく作品をコレクションしてもらうなら、良い人たちに持ってもらいたいですよね。喫茶店や複合施設など、谷中の地域に根ざしたアート以外の活動も、そうした考えの延長にあるものです。

――それで言うと白石さんは、1992年、日本で最初期のアートフェア「NICAF(国際コンテンポラリーアートフェスティバル)」を立ち上げ、アートフェア東京にいまも関わっていますね。

白石: NICAFも、アートの基盤づくりに始めたものでした。アートフェアというのは、良い作品も悪い作品も混ざり合い、非常に眼が試される場所なんです。そのとき東京で初のアートガイドも作りましたが、そうした試みを通じ、アートの人口を増やしたかった。情報の流通に加え、そんなアートの本道が守られる仕組みも増えると良いですよね。

――地域との連携やギャラリーの多角化、そしてアートフェアまで、色んなチャンネルを駆使して、さまざまなレベルでアートに本格的に関わる人を増やしていきたいと。

白石: アーティストというのは、アートファンや一般の鑑賞者、キュレーターや批評家、ギャラリストや協賛者まで、全体の力で価値づけされるものだと思うんです。そのなかでも僕たちの一番重要な仕事は、アートをお金に変えて、作家の活動を支えること。しかもただ「食える」だけではなくて、「良い作家」として活動してもらうこと。そうしたアートのあり方を伝える、発信や活動の方法を、これからも探っていきたいですね。

白石正美(SCAI THE BATHHOUSE代表)
しらいし・まさみ | 1948年生まれ。フジテレビギャラリーを経て89年より東高現代美術館副館長に就任。93年にSCAI THE BATHHOUSEを東京・谷中にオープン。最先鋭の日本のアーティストを世界に発信すると共に、海外の優れた作家を積極的に紹介。また公共施設へのパブリックアート設置にも数多く携わっている。
http://www.scaithebathhouse.com/ja/

収録日: 2016年12月14日
インタビュー: 杉原環樹、富田さよ、田原新司郎
構成: 杉原環樹
写真: 田原新司郎

報告書冊子『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』(PDF版)のダウンロードはこちらから。
本調査は、公益財団法人テルモ生命科学芸術財団の助成を受け実施しました。

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第四弾:平昌子 + 藤井聡子 インタビュー:美術のPR・広報に、観客数だけでない評価軸を

Xin Tahara

Xin Tahara

北海道生まれ。 Tokyo Art Beat Brand Director。