公開日:2020年3月2日

ジャスミン・ワヒ インタビュー:すべての“女性”は疲れている? アートとアクティビズムを語る

キュレーター、アクティビスト、スクール・オブ・ビジュアル・アーツの教授、そして「Project for Empty Space」の設立者でもあるジャスミン・ワヒ(Jasmine Wahi)。フェミニズムの視点を通じて分野横断的な活動を展開するワヒによる展覧会が、銀座のTHE CLUBにて3月5日まで開催中だ。本展への思い、これまでの活動についてワヒにインタビューを行なった。

キュレーター、アクティビスト、スクール・オブ・ビジュアル・アーツの教授、そして「Project for Empty Space」の設立者でもあるジャスミン・ワヒ(Jasmine Wahi)がキュレーションした展覧会「“all the women. in me. are tired. “ -すべての、女性は、誰もが、みな、疲れている、そう、思う。―」が、銀座のTHE CLUBにて3月5日まで開催中だ。

参加アーティストは、アンドレア・チャン(Andrea Chung)、チトラ・ガネーシュ(Chitra Ganesh)、ヒバ・シュバッツ(Hiba Schahbaz)、ローリー・シモンズ(Laurie Simmons)、マリリン・ミンター(Marilyn Minter)、メキッタ・アフジャ(Mequitta Ahuja)、ナタリー・フランク(Natalie Frank)、ゾーイ・バックマン(Zoe Buckman)の8名。

展覧会のために来日したワヒに、本展への思いとこれまでの活動について話を聞いた。

ジャスミン・ワヒ
ジャスミン・ワヒ

──今回の展覧会タイトル「all the women. in me. are tired(すべての、女性は、誰もが、みな、疲れている、そう、思う。)」は、どのようにつけられたのでしょうか?

ワヒ:展覧会のタイトルは、ナイラ・ワヒード(Nayyirah Waheed)さんの詩に由来しています。友達がプレゼントしてくれた本『Nejma』に収録された7つのワードでできているこの詩を見た瞬間、自分の人生レベルで共感したんです。多くの女性の集合的な考えとして、そして男性優位な現在の世界を象徴するような言葉だと思ったし、心にとても響きました。去年のTED Talksでも、この詩をタイトルにトークを行ないました。

──「疲れ」は、ワヒさん自身が実感していることでもありますか?

ワヒ:そうですね。日本はジェンダー平等で多くの問題を抱えていると聞きますが、アメリカにおいてもジェンダーによってカテゴライズされ、差別されていると頻繁に感じます。私が女性で比較的若いから、多くの人が真剣に受け入れてくれない、と。

そうした経験は私が働くための原動力にもなりますが、やはり悲しいし疲れますよね。女性は自分のポジションを確立し、証明するためにある意味で男性よりも多く働く必要があるということですから。

──アーティストのグレイソン・ペリー(Grayson Perry)は、自著『男らしさの終焉(The Descent of Man)』の中で、男性も男性性の被害者であるというメッセージを投げかけています。私は「all the women. in me. are tired」のタイトルに、そうしたメッセージとの共通性を見ましたが、現代の人々が、自身のジェンダーロールにとらわれず、「疲れない」ためには、どうしたら良いと思いますか?

ワヒ:そうですね、女性は言わずもがな、「男性も男性性の被害者である」という意見には同意します。これに対抗するには、私たちがジェンダーにまつわる伝統を手放し、期待される役割の外の可能性によりオープンになることだと思います。そのためには、人々が分け隔てなく対話をし、自分を表現するための方法とジェンダーに縛られず生きる方法を見出すことのできる「場」を増やしていくべきだと思います。それらは基本的で当たり前のことですが、実現には多くの時間を要するでしょう。

会場風景
会場風景
Photo by Kei Okano / Courtesy of artist
会場風景
会場風景
Photo by Kei Okano / Courtesy of artist

──今回の展覧会の出品作家はどのように選ばれたのでしょうか? 1985年生まれのゾーイ・バックマン(Zoe Buckman)から1948年のマリリン・ミンター(Marilyn Minter)まで、年齢やキャリアもそれぞれ異なりますね。

ワヒ:これまで共に仕事をしてきたアーティストの中から、ラディカルで、伝統や既存のルールに抵抗するようなアーティストを選びました。彼女たちの作品には多様な視点と文化背景と、等身大の感傷があります。各人がキャリアの異なる地点にいることも特徴ですね。

──出品作のなかでとくに注目の作品はありますか?

ワヒ:すべてが注目作なので選ぶことはできません(笑)。でも、強いて言うならば、アンドレア・チャン(Andrea Chung)は、この展示のために新作をつくったのでぜひみなさんに見てほしいですね。アンドレアはこれまでインド洋とカリブ海の島国にフォーカスした作品を通して、表には出てこない歴史の一部について語ってきました。

例えば彼女は今回、様々なアーカイヴ資料からカリブ海の助産師に関する写真を選び出し、作品素材としています。助産師というのは数多くの重要な仕事をしているにも関わらず語られることのない、歴史の隠された心臓部と言えますが、アンドレアは彼女たちを美しい方法で視覚化しました。

作品の素材にも着目してほしいです。作品の土台となっている紙はすべてアンドレアが一から自分でつくった紙で、人物の周りに飾られている植物や動物はカリブ海に生息しているものです。ビーズのネックレスやブローチのようなモチーフも見られますが、それらは助産師たちの労力を象徴するものだとも言えるでしょう。

アンドレア・チャン「Sisters of Two Waters X」(2020)
アンドレア・チャン「Sisters of Two Waters X」(2020)
Courtesy of the artist

──ワヒさんは、アメリカで非営利のオルタナティブ・スペース「Project for Empty Space」も運営していますね。ギャラリーであり、スタジオであり、アーティスト・イン・レジデンスであるこのスペースを設立した経緯について教えてください。

ワヒ:2008年のリーマンショックで世界規模の金融危機が起こったとき、ニューヨークでは多くのギャラリーは閉店を余儀なくされ、私が勤務していたギャラリーもクローズすることになりました。私はそれ以前にクリスティーズで働いていたのですが、ちょうどその頃、クリスティーズ時代の同僚から「不景気で仕事をやめた」と連絡があって、ふたりで何かをすることに決めました。

2010年頃のマンハッタンはいまと違って空き地や更地がたくさんあったんですね。ですので、屋外空間で展覧会を開こうと、オープンコールで集まったアーティストたちと「Project for Empty Space」を始めました。

──活動は今年で丸10年になるんですね。

ワヒ:そうですね……始めた当初は3ヶ月限定の展覧会のつもりで、それ以上続くとは思っていなかったので驚きです(笑)。ひとつ印象深いエピソードがあります。3ヶ月目の最後に、近隣住民の方々が私たちにプロジェクトを継続するようお願いしてきたんです。なぜならその場所は25年ほど使われておらず、ゴミ置き場のようになっていて、近隣の人にとっては良い場所とは言えなかったから。それにもかかわらず、ニューヨーク市は近隣住民に庭や他のスペースとして活用することを許可せず、私たちがその場所を利用することを許された初めての人物だったんです。

住民の方々の反応にも励まされ、3ヶ月は6ヶ月に、そして1年、2年と続き、プロジェクトをより本格的なものにすることに決めました。これが始まりです。

「Project for Empty Space」では展示に加え、年間に4名、安価な家賃でアーティストにスタジオを提供するほか、フェミニズムに興味のある女性アーティストを対象に3ヶ月のアーティスト・イン・レジデンスを受け入れています。こうして屋外展示を発端にプロジェクト数も増えていき、今年で10年目を迎えました。

2019年には本拠地をニューヨークからニューアーク(ニュージャージー州)へと移し、1800平米のスペースで活動しています。

──「Project for Empty Space」の展覧会では、フェミニズムのほかアクティビズムの傾向を持つ作品も多く紹介していますね。アートで社会に介入することについてどのような考えをお持ちですか?

ワヒ:私は、アクティビズムや社会活動の一部としてアートをとらえています。なぜなら、アートと社会は共生し、片方なしでは存在できないからです。アクティビズムの文脈で現代アートを考え、ムーブメントをつくることが大切ではないでしょうか。

目下の大きな目標としては、ニューヨークとニューアークで行った展示「ABORTION IS NORMAL(中絶は普通のこと)」をアメリカ各地で行うことです。なぜなら今年は大事な大統領選のある年だから(*1)。もし各地での展示が実現すれば、投票をはじめとする人々の政治参加を促すムーブメントになるはずです。

*1:現在アメリカの各州では人工中絶を憲法違反とする動きが拡大。この背景には、宗教保守派(宗教右派)が意見が強く影響していると言われている。その宗教保守派を取り込み再選を目指すため、ドナルド・トランプは中絶反対の意向を示している。

■「“all the women. in me. are tired.“ -すべての、女性は、誰もが、みな、疲れている、そう、思う。―」
日程:2020年1月25日~3月5日(休廊日:2月25、26日)
会場:THE CLUB
住所:東京都中央区銀座6丁目10-1 GINZA SIX 6F
時間:11:00〜19:00
電話:03-3575-5605
Mail:info@theclub.tokyo
URL:http://theclub.tokyo

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

Editor in Chief