公開日:2020年10月13日

白熱するアートマーケット、苦境の美術館、新作アプリなど:週刊・世界のアートニュース

ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目ニュースをピックアップ

いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は、10月3日〜9日のあいだに世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「アートマーケットの季節」「美術館のリストラ、コレクションの売却」「できごと」「テクノロジーとアート」「見に行ける(?)展覧会」の5項目で紹介する。

ロイヤル・オペラ・ハウス 出典:Wikimedia Commons(Txllxt TxllxT)

アートマーケットの季節

◎ポーラ美術館がリヒター作品を購入
10月5日に香港のサザビーズで行われたオークションでゲルハルト・リヒターの1987年の作品《Abstraktes Bild(649-2)》が約30億円で落札。アジアのオークションで落札された西洋人アーティストとして史上最高額。なんと買い手は日本のポーラ美術館。ちなみにホックニーの作品が続く15億円強で落札されたが、こちらも同オークション史上2番目の落札額とのこと。
https://www.artnews.com/art-news/market/gerhard-richter-asia-record-western-artist-1234572805/

◎中国の現代アーティストのセールスがふたたび好調
リヒターのニュースの影に隠れてしまった感もあるが、翌日6日のサザビーズ香港でのオークションでは、ここのところマーケットでふるわなかった中国の現代アーティストのカムバックもあったとのこと。張曉剛(ジャン・シャオガン)の1989〜90年の作品《The Dark Trilogy: Fear, Meditation, Sorrow》が7億円強、曾梵志(ゾン・ファンジ)の1994年の作品《The Mask Series, No. 11》が3億円強で落札。
http://www.artasiapacific.com/News/ChineseContemporaryArtMakesAComeback/

◎世界のトップコレクター200
ARTnewsが2020年版世界のトップコレクター200のリストを発表し、その中から何人かの今年の動向を紹介。アマゾン創業者のジェフ・ベソスがアートコレクションを本格的にスタート。ウェブブラウザNetscapeの創業者で著名ベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセンの妻ローラが、ワシントンDCのナショナルギャラリーの理事に就任。スティーブ・ジョブズの未亡人ローレンがマイアミにオープンするインタラクティブアートスペースSuperblueに資金提供など。株式市場でも好調なシリコンバレーの成功者が重要なアートコレクターに。
https://www.artnews.com/art-news/news/what-did-the-worlds-top-collectors-do-2020-headlines-1234572307/

◎没入型アートスペース「Superblue」が12月開館へ
上記記事と関連して。ローレン・ジョブズが資金提供をし、マイアミに計画されていた没入型アートスペースであるSuperblueが今年12月22日に開館を決定。オープニングはジェームス・タレルとチームラボ、そしてエス・デブリンの展覧会。スペースの運営は没入型アートに力をいれる世界大手のペース・ギャラリー。
https://www.miamiherald.com/entertainment/visual-arts/article246253495.html

◎世界のトップコレクター15組
ARTnewsでは、1点50億円以上の作品を買えるような、最も資金力のある層のトップコレクター15組を紹介。1位にはアマゾンのジェフ・ベソス、7位に前澤友作が入っている。その他には、サザビーズとクリスティーズの両オーナー、金融系が5組、台湾製造業、香港不動産、ロシア資源、ハリウッド、ウォルマートにSAP創業者がランクイン。やはりIT系が3人(アマゾン、SAP、ZOZO)入ったというのは時代を反映してるといえるだろう。
https://www.artnews.com/art-news/market/top-200-collectors-50-million-dollar-spenders-1234572446/

◎オークションはライブイベント?
10月6日にニューヨークで行われたクリスティーズのイブニングセール(近代、現代合同)は46点が出品されて総額3億4100万ドル(約350億円)。これは予想落札総額の下限を上回っており、また去年の同時期に開催された現代アートオークションの総額をも上回っている。ただこの中には、セザンヌ、ロスコ、トゥオンブリーらトップロットに混じってティラノサウルスの化石も入っており、化石として史上最高額の33億円強での落札。驚きはオークションのライブ映像に28万人もの視聴者がいたこと。世界規模のオークションがオンラインライブイベントのようになってきている。
https://www.artnews.com/art-news/market/twombly-cezanne-christies-first-merged-modern-and-contemporary-evening-sale-to-341-m-1234572850/

◎黒人作家の評価高まる
ニューヨークのサザビーズが年に2回開催する中堅作家中心のオークション「Contemporary Curated」が10月2日に行われた。176作品で総額3070万ドル(約32億円)。予想落札額の範囲内ではあるが、去年の同時期のオークションより若干下回った。コロナ禍であることを考えると健闘しているとも言える。多くのトップロットは黒人作家のもので、ケリー・ジェームズ・マーシャルの1986年の作品は最低予想落札額の3倍以上の180万ドル(約1.9億円)。バークレー・ヘンドリックスの1980年の作品は同2倍の150万ドル(約1.6億円)。最近ガゴシアンギャラリーに所属したTitus Kaphar(タイタス・カファー)のなんと2018年の作品はアーティストレコードの85万5000ドル(約9000万円)。
https://www.artmarketmonitor.com/2020/10/05/kerry-james-marshall-barkley-hendricks-bring-sothebys-contemporary-curated-sale-to-30-7-m/

美術館のリストラ、コレクションの売却

◎世界最大規模の博物館・研究機関群でもリストラ
アメリカで19の美術館、9つの研究所、国立動物園を運営するスミソニアン学術協会でも237人のリストラ。7月に一時解雇になっていたショップや劇場の職員が対象。コロナの影響で3月に閉館になった後、約50億円もの損失を抱えており、5月には経営層の給与カットなども行われている。
https://news.artnet.com/art-world/smithsonian-layoffs-237-workers-1912705

◎絵画を売却
カリフォルニアのパームスプリングス美術館もコレクションの中からヘレン・フランケンサーラーの絵画を売却予定。同様の発表をしているブルックリン美術館やボルチモア美術館に続く流れ。売却額は2.5-〜3.5億円を見込み、コレクションの維持管理と新規購入に使われる予定。
https://www.artnews.com/art-news/market/palm-springs-art-museum-deaccessions-frankenthaler-sothebys-1234573120/

◎イギリス名門劇場の悪しき計画
ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスがコロナ禍を乗り切るため、以前職員の募金で購入したデイヴィッド・ホックニーの絵画を約23億円で売却しようと計画している。そもそもオペラハウスがそのような高価な絵画を所有していたことが驚きで、実際に売却されればイギリス名門劇場の行為として悪しき先例になりかねないとする記事。
https://www.theguardian.com/artanddesign/2020/oct/05/royal-opera-house-hockney-portrait-sale-regional-theatres

◎ドイツ銀行の作品売却計画
ドイツ銀行が5万5000点ものコレクションの中から今後3年で約200点を計数十億円で売却予定。そのうちのワシリー・カンディンスキーとエゴン・シーレが今月中にオークションに出品される。同銀行は1万8000人のリストラを計画しているが、責任者によるとこの売却計画はその一環ではなく新規コレクションの購入のためだとする。
https://www.theartnewspaper.com/news/deutsche-bank-to-auction-kandinsky-and-schiele-works-from-collection

できごと

◎またしても延期
またしても香港のM+美術館の開館が来年2021年の秋に延期。同時に責任者も辞任。完成すれば香港最大の美術施設になり、ヘルツォーク&ド・ムーロンによる建築で大きな期待が集まっていたが、当初の2017年の開館予定から何度も延期が続いている。
https://www.artnews.com/art-news/news/m-plus-museum-hong-kong-opening-delayed-1234573115/

◎グッゲンハイム美術館のチーフキュレーター辞任、その真相は?
グッゲンハイム美術館のチーフキュレーターが辞任。昨年開催されたバスキア展の後に、担当した同美術館初の黒人女性キュレーターから人種差別的な扱いを受けたと糾弾されていた。第三者である弁護士事務所の数ヶ月に及ぶ調査の末、人種差別的な行為があったとする証拠は認められなかったという結果が発表されたが、同日に辞任。
https://news.artnet.com/art-world/guggenheim-nancy-spector-out-investigation-ends-1914195

◎歴史認識の見直しをサポート
世界中で歴史認識見直しの動きが広がり、公共記念碑のあり方に注目が集まるなか、アンドリューメロン財団がアメリカの公共記念碑の新設や既存のものの移動、そのリサーチや教育普及活動へ5年間で260億円以上の助成金を供出することを発表。
https://www.artnews.com/art-news/news/mellon-foundation-monuments-project-grants-1234572529/

◎遺跡が存亡の機
アゼルバイジャンとアルメニア間の戦闘によって、ヘレニズム時代の紀元前1世紀の貴重な遺跡が存亡の機にあると考古学者が警鐘を鳴らしている。
https://hyperallergic.com/592287/tigranakert-artsakh-nagorno-karabakh-war/

◎実験的アートスペースが水没
イタリアの芸術運動アルテ・ポーヴェラの代表作家のひとり、ミケランジェロ・ピストレットの財団が運営するアートスペースのチッタデッラルテが洪水で水没したとのこと。イタリア北部だが、興味深いスペースで回復が願われる。
https://www.artnews.com/art-news/news/michelangelo-pistoletto-cittadellarte-flooding-1234572526/

◎贋作を解説付きで展示する
ドイツ、ケルンのルドウィッグ美術館がフェイク作品を含む前代未聞の展覧会を開催中。自館コレクションのロシア・アヴァンギャルド絵画49枚に綿密な真贋検査をした結果22枚が贋作と判明し、それらを解説付きで展示。作品の一部は美術館に寄贈されたもの。そして、寄贈者に贋作を売った画廊が、美術館は展覧会前に検査結果を閲覧させるべきであると訴えるも裁判所が却下。展覧会は2021年1月3日まで。
https://www.theartnewspaper.com/news/original-or-fake-museum-ludwig-puts-its-russian-avant-garde-art-to-the-test

◎国貞とゴーギャン、ゴッホ
先々週のニュースで紹介した、コートールド・ギャラリー購のゴーギャンの手稿本の中に3枚の浮世絵が貼ってあり、どれも歌川国貞の美人画だったことがわかった。ゴーギャンと交友のあったゴッホは浮世絵を549枚もコレクションしており、その半分程度が国貞だったことから、ゴッホから手に入れたのではとの説。
https://www.theartnewspaper.com/blog/gauguin-and-van-gogh-their-shared-love-of-japan-revealed

◎ハエが登場する名画
10月7日に行われたアメリカ副大統領候補の討論会で現職のペンス副大統領の頭にハエが止まったことがネット上でミームになっているが、さっそくハエが登場する名画12選の記事。
https://news.artnet.com/art-world/flies-in-art-history-1914157

◎助成金やコンペのまとめ
主にアメリカ在住の人が対象だが 、10月に応募できるアーティストや学者向けの助成金、アーティストレジデンスやコンペのまとめ。こうやって見ると幅広い助成金があることがわかる。
https://hyperallergic.com/592461/opportunities-october-2020/

テクノロジーとアート

◎自撮りフィルター
GoogleがArts&Cultureアプリの新機能として自撮りをゴッホ風、フェルメール風、フリーダ・カーロ風にできるフィルターをリリース。
https://www.artnews.com/art-news/news/google-arts-and-culture-art-filter-1234572975/

◎女性作家の言葉をプロジェクション
ジェニー・ホルツァーがシカゴ大学と共同でウェブベースのARアプリを制作。大学の学生と選んだ、メアリー・シェリー、トニ・モリスンら主に女性作家の正義、真実、暴力などに関する29の言葉をアプリ内でビルにプロジェクションできるもの。シカゴ大学のビルに実際に投射する予定だったが、コロナの影響でアプリに変更。
https://www.nytimes.com/2020/10/04/arts/design/jenny-holzer-chicago.html

◎パーティの代わりにライブイベントを
ガゴシアンギャラリーが派手なオープニングパーティーやディナーが開催できないかわりに、有名ミュージシャンや文化人を招いて所属作家とトーク、ギャラリーツアー、パフォーマンスしたりするオンラインでのライブストリーミングイベントを開催していくとのこと。
https://news.artnet.com/market/gagosian-premieres-1912963

◎サウンドアート11選
20世紀はじめから現在までのサウンドアート11選。ジョン・ケージやクリスチャン・マークレーなどいわゆるサウンドアーティストから、意外なデュシャンまで勉強になるセレクション。
https://www.artnews.com/feature/sound-art-guide-most-famous-works-1234572580/

見に行ける(?)展覧会

◎チェルシーでペインティングを見る
NY Timesの評論家、ロバータ・スミスによるニューヨークを代表するギャラリー街チェルシーのペインティング展16選。本当に大小たくさんの展覧会に足を運んで選んでいるのが伝わってくる。コロナ禍で閉まっていたギャラリーの再開を応援するトーン。どの展覧会も10月末〜11月半ばまで。
https://www.nytimes.com/2020/10/08/arts/design/chelsea-art-shows-to-see-now.html

◎星5つのブルース・ナウマン展
ロンドンのテート・モダンでブルース・ナウマンの大回顧展がスタート。ガーディアン紙によるレビューでは星5つ。2021年2月21日まで。
https://www.theguardian.com/artanddesign/2020/oct/05/bruce-nauman-review-tate-modern

Kosuke Fujitaka

Kosuke Fujitaka

1978年大阪生まれ。東京大学経済学部卒業。2004年、Tokyo Art Beatを共同設立。08年より拠点をニューヨークに移し、NY Art Beatを設立。アートに関する執筆、コーディネート、アドバイスなども行っている。