公開日:2021年3月8日

サプライチェーンからアートの多様性を広げる:TRiCERA 井口泰インタビュー

アート専門のECサイト TRiCERA(トライセラ)を運営する井口泰にインタビュー[PR]

コロナ禍で多くの展覧会やイベントが規制されるなか、アート作品の購入・販売もオンラインでのさらなる可能性が模索されている。アート専門のECサイト TRiCERA(トライセラ)は、多言語に対応したプラットホームを運営し、出荷や配送、返品手配に至るまで請け負うことで、国内外問わず販路を広げている。運営する株式会社TRiCERA代表取締役社長の井口泰に、サプライチェーン(*)の面から考えるアートの可能性について話を聞いた。

*サプライチェーン=製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、販売まで、商品や製品が消費者の手元に届くまでの一連の流れ。

井口泰

サプライチェーンの仕組みを作る

──まず、井口さんがECサイトを立ち上げて、アート作品を販売をしようと思った経緯、アートに可能性を見出した理由を教えてください。

井口:大きな理由は2つあります。私はもともとナイキで働いていたのですが、ナイキでは素材を作る人、それを企画する人、デザイナーがいて、工場で製品を作り、倉庫に送り、各国の販売店の倉庫に送り、それが販売店に送られてやっと購入者に届く。アート業界でも今のナイキのようなレベルのサプライチェーンを作ることで、アーティストがより活躍できるようになります。サプライチェーンは物流、いわゆるロジスティクスと思われがちですが、そこには物流関係以外のさまざまなプレイヤーがいるわけです。

アーティストはまず自分の地元で展示をし、最初は親族や友人に見せるところから始めますよね。そのサプライチェーンはとても小さいレベルの話で、我々はそのレベルを一気に引き上げることを考えています。供給のプロセスやステップを簡単に構築できれば、いろいろなマーケットで自分の作品を見てもらえ、購入してもらえるだろうと思ったのがまず1つです。

アーティスト活動は、会社のようにある程度仕組みが整っていて引かれたレールの上を歩けばうまくいくわけではないですよね。その面でアーティストを成長させる可能性を広げる役目はギャラリーが担っていますが、ギャラリーもキャパシティに限界がある。そういった仕組みはすごく属人的です。アーティストのための仕組みを作っていけば、彼らがさらに活躍できると思いました。アートのECと一言で言っていますが、私たちは仕組みを作ることを考えています。

2つ目は、アーティストに世界に顔を向けて欲しいと思ったからです。以前働いていたとき、私のチームは12人いたのですが、全員の国籍が違いました。英語という共通言語で話すので問題ないのですが、世界のビジネスの最前線では常に世界に発信できるような形を整えています。それが「想像力に国境なんてない」という弊社の理念なんですね。そういった理由でこの事業を始めました。

──アートの物流がうまくいってないと感じたきっかけがあったのですか?

井口:輸出入の総額を毎年WTOが発表しているのですが、日本のあるカテゴリーの輸出入のバランスがすごくいびつなんです。日本やアジアの作品がどれだけ輸出入されているかがわかるのですが、圧倒的に外の世界に出ていないことが明白です。

また、ナイキの次世代幹部の研修プログラムでポートランドに行ったときに小さなアートフェアを見て、「あれ、日本のアートが全然ないな」と気づきました。あったとしても、ジャパンコンテンポラリーアートとして葛飾北斎が飾られていて、いわゆる「ニッポン」「ニンジャ」と言われているのと同じではないのか思い、調べだしました。それが僕の原体験です。

TRiCERAサービスイメージ

──そういった気づきを得て、TRiCERAを立ち上げたのでしょうか?

井口:ナイキ時代には、リーダーシッププログラムを受ける世界の12人の1人に選ばれて、ポートランドに行き、イノベーションを連発するにはどうすればいいのかというプロジェクトを行ないました。そこでは自分が気づいた問題に対してどのように行動できるかを考えるのですが、そのミーティングで僕は「こんなところで話していてもイノベーションなんてできない」と言いました。今考えるとすごくひねくれているのですが、「だったらスタートアップをしたほうがいい」と周囲から言われ、それから3カ月後に日本に帰ってTRiCERAを立ち上げました。ナイキだからではないんですけど「想像力に国境なんてない」という弊社の理念の裏には「just do it」があります(笑)。覚悟が決まれば一線を越える勇気が持てるんですよ。

──前職のキーワードが生かされているんですね。

井口:ナイキでの経験が私の中で1番大きかったと思いますね。ポートランドのビーバートンにナイキの本社があるのですが、いたるところにアートが設置されていました。社長がいるビルも有名な建築家に頼んで30億円もかけて作っていて、そういうものを間近で見ていたのですごく刺激されました。だからこそ、日本のアートの状況に気づけて、すぐに行動に移せたのでしょうね。

──TRiCERAはプラットホームの運営だけではなく、出荷や配送、返品手配に至るまで請け負っているのはなぜですか?

井口:国内や海外の物流をよく知らない人が多く、専門性が必要な分野でもあるので、その機能を提供できるようにしようと考えました。作品に限らず、物を販売するというのはお金のやり取りだけではありません。この部分は実際にやってみないとわからないですし、海外の物流のノウハウは非常に複雑です。そういった面をサポートするのが我々の役目だと思っています。

TRiCERAが運営するアートメディア「Art Clip」

オンラインでのアーティストのキャリア形成

──アーティストのキャリア形成について、オンラインの販売はどのように影響していくと思いますか?

井口:TRiCERAとしてはアーティストがキャリア形成するうえで、認知、購入、表彰の3つの要素が重要だと考えています。表彰は、例えば公募入選や、美術館や芸術祭で展示されたキャリア、実績みたいなもの。いっぽうで認知と購入はどれだけ人に知られるか、そして知ってもらった人に自分の作品のコレクターになってもらえるかが非常に重要です。我々はSNS上でプロモーションもしていますから、認知と購入の面で力を発揮できると思っています。

──ECサイトというと、アートメディアが運営しているものが多い印象がありますが、TRiCERAとそれらのサイトとのもっとも大きな違いはなんだと思いますか?

井口:私がいつも考えていることなのですが、弊社の価値は何かというと、届けることが重要だと思っています。一人ひとりの作家が思いを持って作っている作品を、思いがあるコレクターに購入してもらえるプラットフォームを作っています。考え方の違いだと思うのですけれど、知ることを届けるのがメディアの価値ですが、同じ届けるでも違うものだと思うんです。やり方も、アプローチ方法も違わないと多分うまくいかない。メディアは知る価値を提供をして、付加価値としてそこから購入してくれたらいいという考えですが、我々は作品を愛した人たちに対して届けたいという思いから始めていることが大きな違いだと思います。

──TRiCERAミュージアムの運営やイベントの開催は、オンラインではなくオフラインで実際に触れてもらうために運営されているのでしょうか?

井口: コレクターとアーティストのタッチポイントの1つとして、品川にあるTRiCERAミュージアムを作りました。ECをやってるからオンライン企業だとよく言われますが、オンラインとオフラインを分ける必要はないんです。オンラインもオフラインも届け方の1つの方法なんです。その中で見せ方も違うし、レジのやり方も違う。「想像力に国境なんてない」というコンセプトを弊社は掲げているのですが、人は生きているなかで何にでもバリアを張ったり、カテゴライズしたがる生き物です。国境、国籍、性差別、人種差別、そういったものはすべてそこから生まれるんですよね。オンラインというのもひとつの障壁で、勝手に考え方をひとつの枠にはめこんでバリアを作っているんです。障壁を作って考えること、自分のポジショニングを取ることを考えている人もいますけれども、我々は本質はそこにはないと思っています。そうではなくて、コレクターやアーティストたちが求める形のアプローチであれば、どんどんバリアをとっていけばいいんですよ。その1つにオンラインやオフラインがあるだけです。

TRiCERAで販売する作品の一例。ジャンルは絵画、彫刻、写真など幅広い

マーケットを広げて多様性をつくる

──スタートバーンやDNPアートコミュニケーションズなど、他社と積極的に協力していますね。ECサイトを運営していくうえで他社との協力にはどのような可能性が広がっていると思いますか?

井口:オークションハウスやギャラリー、メディアもそうですが、いろいろなプレイヤーがいると思います。そのエコシステムは多分これから広がりを見せていくと思うんですよね。その中には、例えばスタートバーンのようなブロックチェーンで証明書を発行をするところや、版画に強いDNPもいます。エコシステムとしてそこを拡大して協力していければ大きな可能性があると思っています。

日本のアートワールドは、足を引っ張りあうことがあるじゃないですか。そういったところからみんな抜け出したいと思っているんですけれども、結局ミイラ取りがミイラになるんですよ。そうなるのはなぜかと言うと、マーケットが小さいからなんです。さらに国内のアートの致命的な問題は、リーディングカンパニーがいないこと。これは歴史が証明しているのですが、リーディングカンパニーが出ると絶対に2番手が出てくるんです。そうしてマーケットが大きくなり、エコシステムが広がっていきます。そういう理由から積極的に協業していこうと考えています。

──確かにコレクターが購入する機会はギャラリーに行くか、アーティストから直接買うかしかありませんね。ECにはマーケットを広げる役割があるんですね。

井口:僕は15歳くらいまで子役をやっていました。表現をするのが好きだったのですが、子役からドロップアウトしたんですよ。オーディションの競争に放り込まれて、15歳の時に挫折したんです。その挫折体験は今でも影響していて、挫折せずに続けている人はそれだけで尊いと思っています。そういう人たちの役に立ちたい。僕はアート自体もすごく好きですけれど、それ以上にアーティストという人が好きですね。

日本では鳴かず飛ばずでも、マーケットや場所を変えたらフィーチャーされるのはあると思うんですよね。自分の行動範囲を自分で制限してしまうのはすごくもったいない。宇宙は無理だけど世界ならいけるよねって考えています。アーティストも、極端な話をすると日本では売れなくてもブラジルで活躍できればいいじゃないですか。最近思ったのが、アーティストは周りからの「あれ見たよ」「あれよかったね」というコミュニティでの直接的な評価をすごく気にしている。評価軸を小さく狭めて考えるのではなく、外の世界にはもっと人がいるのだから、そういうところにも目を向けてほしいと思います。

──コミュニティで評価されて嬉しくなると視野が狭くなって、海外にも出にくくなってしまいますよね。

井口:まずそれを最初に認識したほうがいいですよね。自分が村社会にいることに気づいていないんですよ。多分そこに気づかないといけない。ただ村社会で生きていくことに価値がないわけではなく、多様性をもっと広げてもいいと思っています。その村から外に一歩踏み出す、これが「Just Do It」ですね。一線を踏み越える勇気を持つことが大事だと思っています。

──これからの展望はありますか?

井口:3月の中旬にTRiCERAのフルリニューアルを予定しています。もっと検索しやすく、いかにアーティストに出会え、つながりやすくなるかというコンセプトで制作している最中です。

また、さっきの3つのキーワードの「表彰」に関しては現時点ではあまり強くないので、そういった部分に対してもっと影響力を出せるようになっていきたいです。今年のアートフェア東京にも出展しますし、バーゼルのLISTEにも出てみたいです。そうやってTRiCERA自体のプラットフォームの場としての魅力をより高めていきたいと考えています。

井口泰(いぐち・たい)
大学卒業後、老舗音響機器製造業に入社、アジアパシフィック統括本部にてキャリアをスタートする。シーメンス株式会社に転職、医療機器の受発注に従事、プロジェクトリードとしてシステム導入に尽力。2015年株式会社ナイキジャパンに入社し2017年には日本の直営店舗サプライチェーンを統括するマネージャーとなり、グローバルプロジェクトに参画、日本国内においても複数の新規プロジェクトを立ち上げ実行する。2018年11月1日、株式会社TRiCERAを設立する。

■TRiCERAウェブサイト:https://www.tricera.net

Kyo Yoshida

Kyo Yoshida

東京都生まれ。2016年より出版社やアートメディアでライター/編集として活動。