身体、女性、自然、エコロジー:京都国立近代美術館「ピピロッティ・リスト: Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-」展レポート

スイスを拠点に国際的に活躍する現代アーティスト、ピピロッティ・リストの回顧展

poster for Pipilotti Rist: Your Eye Is My Island

「ピピロッティ・リスト: Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-」

関東:その他エリアにある
京都国立近代美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2021-04-06 - 2021-06-20)

In フォトレポート by Art Beat News 2021-04-05

この展覧会を見るためには、まず靴を脱ぐ必要がある。

毛足の長いカーペットの起毛を足裏に感じながら順路を歩き、ソファや椅子に腰掛け、ときにベッドに横たわって、KVADRATのテキスタイルが用いられた枕に頭を埋めカーテンをくぐり抜け、作品を眺める。

京都国立近代美術館で4月6日に開幕した「ピピロッティ・リスト: Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-」展は、まるでリビングルームにいるようなプライベートな感覚で作品に没入できる展覧会だ。担当学芸員は牧口千夏(京都国立近代美術館主任研究員)。

ピピロッティ・リストは1962年スイス生まれ。本名はエリザベート・シャルロット・リスト。「ピピロッティ」は、幼少期から自分の名前が好きではなかったリストが自身の「ロッティ(シャルロットに由来)」の愛称に『長くつ下のピッピ』の主人公の名前「ピッピ」を組み合わせたオリジナルネームだ。

1980年代にウィーンの応用芸術学校、バーゼルのデザイン学校を卒業したリストは、知人のバンドの舞台デザインや映像制作を担当。86年に自身を撮影したカラーの短編ビデオ作品《わたしはそんなに欲しがりの女の子じゃない》(本展でも展示)をスイスのゾロトゥルン映画祭に出品したことをきっかけに、ビデオアーティストとしての道に進んだ。その後、80年代以降のミュージックビデオの手法を発展させつつ、ジェンダーや身体、自然との共生など現代社会に通底するテーマを扱ったリストの映像インスタレーションは、美術における映像のあり方に新境地をもたらし、その名は広く世界で知られるようになった。

これまでにはニューヨーク近代美術館、ニューミュージアム、チューリヒ美術館など世界の主要美術館でリストの個展が開催され、日本国内では、これまで資生堂ギャラリー(2002)、原美術館(2007年)、丸亀市猪熊弦一郎美術館(2008)で個展が開催されたほか、瀬戸内芸術祭(豊島)や PARASOPHIA 京都国際現代芸術祭 2015でのサイトスペシフィックな作品展示が話題を呼んだ。しかし2010年代には日本で個展が開催されておらず、「今の若い人や学生がまとまったかたちでリストの作品を見る機会がないことが気になっていた」と本展担当学芸員の牧口千夏は話す。日本では13年ぶりの待望の大規模個展だ。

会場に並ぶのは、初期作から最近の作品まで全39点。最初期のシングルチャンネルのビデオ作品も可能な限り含めつつ、主要な個展には必ず含まれる作品も入っている。例えば、作家として大きな転機となったの1997年のヴェネチア・ビエンナーレで発表され若手作家優秀賞を受賞した作品《永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に(Ever Is Over All)》(1997)と《わたしの海をすすって(Sip My Ocean)》(1996)をはじめ、リストの代名詞的作品が堂々と並ぶ。

二面スクリーンからなる《永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に(Ever Is Over All)》は、水色のワンピースを着た女性が、花(クニフォフィア)のかたちのハンマーで車の窓ガラスを次々と叩き割っていく様子をスローモーションでとらえたもの。もう片方のスクリーンには、草原の上のクニフォフィアのクローズアップ映像が一部オーバーラップされるように投影される。発表された当時「リラックスしたフェミニズム」とも評されたという本作は、随所に痛快なユーモアが散りばめられた、ジェンダー/フェミニズムの作品に人々がコミットする風穴を開けた一作だ。いっぽう、水中カメラを用いた《わたしの海をすすって(Sip My Ocean)》(1996)は、水着姿の女性と男性が入れ替わりで登場し、クラゲや熱帯魚、さまざまなオブジェがゆっくりと海底に沈み込んでいく作品。恋愛の緊張状態を扱った本作は、作家特有のユーモアと狂気が重なる初期の名作だ。

リストにとって美術館は実験の場であるという。電気的な光のもとで、アートの様々な形式を試す場所。そして、個人的に鑑賞しながらも、他の鑑賞者と空間をともにする公共の場。そんなプライベートかつパブリックである美術館の特性が本展では生かされている。

今回とくにこだわっているのは、鑑賞者が作品を見るにあたって寝そべったり、座ったり、それぞれが自由に様々な体位をとることだという。リストは次のように話す。「この展覧会では鑑賞者が自由な姿勢をとり、同じ環境の中で各々が別のことを頭の中に思い浮かべることを提案しています。四角い箱(ディスプレイ、スマートフォンなど)から見える映像から解放され、自由な映像体験をしてほしいのです」。そして、自由に振る舞う鑑賞者は、別の鑑賞者から見ればまるで「舞台上でスポットライトを浴びる俳優」のように見える演劇的空間も立ち上がっている。

リストの作品を語る上で頻繁に用いられるキーワードに「身体」「女性」「自然」「エコロジー」があるが、本展ではそれら4つのキーワードが、まるで映像から滲み出して私たち身体の一部に染み込んでいくような、侵食的で触知的なイメージとしてもたらされる。非接触の現代において、マスクを越え皮膚を超え脳に直接触れてくるようなスリリングな鑑賞体験が本展にはあった。

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